第33話 全員リレー②

 走者は30番台に入り、終盤戦を迎える。E組は現在2位で1位であるD組を追う形になっている。


 どのクラスもそこまで差が開いておらず、1位と最下位であるA組の差は20mほど。どのクラスにも1位の可能性が見えてきた。


 E組のアンカーを務めるのは久志。待機している場所が反対側なために声を掛けることはできないが、ストレッチをしたりして体をほぐしている。


 借り物競争から久志とは気まずい雰囲気(勝手にあっちが勘違いしてるだけだけど)になっているから、ここで勝っていつものような関係に戻りたい。


 このままだと、金山の計画にも支障が出てしまうからな。久志には頑張ってもらいたいところだが、なにせ相手が悪い。


 D組のアンカーは平井康人ひらいやすと。陸上部の中で一番早いだけではなく、インターハイでも上位の成績を修めている。なにより、現在D組が1番に躍り出ているのもこの平井が中盤に投下されて一気に抜き去ったからだ。


 さすがの久志でも純粋な勝負では勝てないようで、D組に勝つためには少しでもリードが必要だ。


『きゃあぁぁ』


 ほんの少し目を離している隙だった。後ろの方から大きな悲鳴が聞こえた。


 慌てて振り返ると、何組かの生徒が転んでいた。


「何があったの?」


 近くにいてその現場を見ていたであろう折原の側に寄る。


「C組がE組を抜かそうとしたときに転んだんだ。それに躓いて後ろを走っていたF組とH組も転んだ」


 差が開いていなかったことによる弊害か、多くのクラスを巻き込んだ転倒が起きてしまった。


「岩永は?」


 転んだ場所にはE組の走者である岩永の姿はなかった。その場で倒れていたのはC、F、H組だけ。


「すぐに立ち上がって走り出したよ。だけど、足をかなり痛めているみたい」


 どうやら岩永はC組の転倒に巻き込まれた後なんとか立ち上がって走り出したようだ。だが、数メートル先を走る岩永は右足をかばうように走っている。


 やばいな、ここでD組に一番を取られるのはまずい。それに岩永は選抜リレーのメンバーだ。あの足ではもう走ることはできないだろう。


 勝ち目が無くなってしまった。


 走者が31番に入ったところでの順位は、D、B、E、G、A、F、H、C組。リードしているC組が下位に落ちたものの依然とD組がトップを走っている。それにE組は3位に落ち、F組も今の転倒で下位に落ちた。


 この順位のままで行けば、どちらも得点が90点という結果で終わってしまう。つまり選抜リレーには39点という点差のまま突入することになる。そうなれば、平井のいるD組が下位に沈むことはほぼないだろうから、勝ち目がなくなる。


 ここまでか……、こうなってしまった以上僕には何もすることはできない。できることとすればCD組の主力級のメンバーを陥れて妨害することだろうが、さすがにそんなことはできない。


 諦めよう。優勝できなかったことによって未来へ戻されてしまうかもしれないが、ここまで頑張ったよ。記憶が無くなってしまうの悔しいけれど、人生をやり直せる夢を見れただけでもラッキーだったんだ。


 僕はその場に後ろから倒れこんだ。敗北を悟り、仰向けになって空を見た。ほんの数秒だった、すぐに誰かが声を掛けてきた。


「何をしてるんですか、内海さん。私の番は終わってませんよ」


 視界に鶴井の姿が入り込んできた。少し怒った表情でそんなことを言いながら。


「そうだけど、もう勝てないし……」

「何を言ってるんですか、勝負は最後まで分からないものです。それに見てください」


 鶴井の指差した方を見れば、走るクラスメイトを応援するE組の姿があった。


「他に誰が諦めているんですか? そんなところで諦めてないで内海さんも私のことを応援してください」


 そうだよな。どうせ負けるぐらいならこんな未練を抱えたまま終わるよりも、めいいっぱい楽しんで散った方がいいか。


「わかった。最後までちゃんと応援する」

「はい、そうしてください」


 僕は立ち上がり、クラスメイト達がいる場所へと歩き出す。


「ああ、それと。走る準備しといてくださいね」

「え? 僕の出番終わったけど?」


 何を勘違いしているのだろうか? 僕の出番はとっくに終わっている。気持ちが高揚しているせいで、僕が走ったことを忘れてるのだろうか。


「あとでちゃんと説明します。とりあえず、今は私のことを応援してくださいね。


 そう言って鶴井はコースの中に入っていった。


 鶴井は勝つ気でいる。いや、鶴井だけじゃない。クラスメイト誰一人として諦めていなかった。


 クラスメイトの応援が届いたのか、2位のB組と徐々に差を詰めつつある。1位であるD組とは10mほどだ。諦めるのは確かに早いな。ラスト2人の鶴井と久志を信じよう。


 鶴井の前を走るクラスメイトがテイク・オーバー・ゾーンの中に入った。それを見て僕は自然と口から言葉が漏れた。


「鶴井さん、頑張って!」


 別に聞こえていなくていい、僕のことなど気にせず、ただひたすら前を走って欲しい。だって、僕は――――――


 その姿に惚れたのだから。

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