第32話 全員リレー①
『位置について、よーい』
『ドンッ』
ピストルの合図とともに第1走者たちが走り出した。E組で1番を走っているのは鶴井だ。
全員リレーは40人走ることに加え、男女交互に走ることが決まっている。アンカーは200m走る必要があるため、すべてのクラスで男子がアンカーになるよう、奇数は女子、偶数は男子が走ることになった。
そしてE組の人数は29人と11人足りなく、男子は5人、女子は6人が2回走るために、鶴井が1番と39番を任された。クラスで一番足が速い鶴井を活かすための走順らしい。
僕たちのクラスの作戦は、11人もの生徒が2回走れるという点を活かして、2回走るメンバーを前半と後半に置く。前半で作った貯金を足に自信がない中盤で使い、後半で抜き返すというもの。
だから22番目の僕はいかにその貯金を多く残すかが求められる。もし1番で走っているのなら差を縮めさせないようにし、逆に前を走る組があれば少しでも差を縮めること。それが僕にできる唯一のことだ。
2番を走る楠本が2位とぐんぐん差を広げる。アンカーも走らないといけないというのに久志は凄いな。
作戦通り、2回走る11人のメンバーを前半につぎ込んだことで、2位のD組とは50m近く差をつけている。このまま行ければ1位を取れる。この時、多くの生徒がそう思っていたが、18番目の生徒が走り出したころには差はほぼなくなり、D組に1位を奪われてしまった。それどころか、4位まで転落した。
『まだ半分だよ』
『やばいな……、まだ10人も足に自信がないやつが残ってるのに』
想定よりも早く抜かされたことに動揺を隠せないクラスメイトたち。勝てると思い込んでいた作戦だからこそ精神的ダメージは大きそうだ。
この動揺はクラス全体に広がったと言うことはなく、一部の生徒だけだった。そもそも、この作戦を聞いた時に口には出さなかったけれど何人かの生徒は無理があることに気づいていた。
E組は人数が少ないから足の速い人たちを2回走らせられることを有利だと捉えていたようだが、学年全体で退学者が多いのだから当然どのクラスも人数は足りていない。E組同様足の速い生徒たちが2回走るのは当たり前だった。
つまり、ここで動揺している奴らはそのことを一切考えていなかったのだろう。逆にここで落ち着いている生徒はそのことを分かっていたってだけだ。誰もそのことを言い出さなかったのは、せっかくまとまりかけているところに水を差したくなかったところだろう。僕自身も口を出さない方が良いと思ったから。
僕のやることは決まっていた。少しでも1位との距離を縮めること。初めからそれが目的だ。
現在の順位は上から、D、C、H、E、F、G、B、A。総合順位で1位についているCD組に上位を独占されるわけにはいかない。
『内海頑張れよ』
『頼むぞ内海』
すでに走り終わったクラスメイト達からの応援を受け取り、僕はコースの上に立った。前の走者である榎原にバトンが渡り、こちらに向かい走り出す。
順位に変動はない。1位との差は20mぐらい、3位とは5mもない。
『行け! 内海』
テイク・オーバー・ゾーンの始まりからバトンを貰い、僕は走り出す。バトンを受け取る位置が違っているとはいえ、3位のH組とバトンを貰ったタイミングは一緒、いや、練習のせいもあってか、こちらの方がスムーズに貰うことができた。
もたついているH組を抜かし、前のD、C組の背中を追う。
2週間前とは違う、体がとても軽い。きつかった朝練の成果が出ているようで、ぐんぐんと風をきって足が進む。
コーナーもスピードを落とさず走りきったところで、C組の背中は射程圏内へと入る。
(距離が……足りない)
C組を抜かせそうで抜かせない。あともう少し距離があれば……抜かせるのに。あと10m、いや5mそれだけでいいのに。
そんな風に思ったときだった。突然目の前を走るC組の生徒のスピードが緩んだ。
ほんのささいな変化だが、C組の生徒は明らかに遅くなったように感じる。一体どうして? まだテイク・オーバー・ゾーンに入ったばかりなのに……
『バトンはギリギリで渡せばいい?』
そうか、バトンを受け取る位置はそれぞれ。僕の走る距離はまだ終わってない。僕は最後の力を振り絞ってバトンパスのためにスピードを緩めてしまったC組を抜き去る。
(ありがとう、長嶺さん)
僕は心の中でそうお礼を言った。僕のその言葉が伝わったわけではないだろうが、バトンを受け取る長嶺の横顔は一瞬だけ笑っているように思えた。
「頑張って、長嶺さん」
すでに走っていった彼女には届いていないだろうが、僕はそれだけ言ってコートを出た。残りは彼女、そしてクラスメイトたちに託して。
現在の順位、D、E、H、C、F、B、G、A。
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