5章 まだ見ぬ道へ

第31話 不安と期待

 クラスメイト頼りになってしまうところはあるが、できれば大縄跳びで点数を大きく縮めておきたかった。しかし、僕の思いは届かずE組は連続回数78回と5位という結果で終わってしまった。それでも同じチームであるF組が104回と2位を取ってくれたことで、合わせて18点を稼ぐことができた。


 これでAB組が20点、CD組が14点、GH組が20点稼ぐことになり、現在の順位は以下のようになっている。


1位 CD組 225点

2位 GH組 207点

3位 EF組 186点

4位 AB組 185点


 1位であるCD組との差は39点と多少なりは縮まったものの、まだまだ1位には程遠い。残る2種目の全員リレーと選抜リレーで上位を取るだけじゃなく、現在1位と2位であるクラスが下位に沈むことにならないと逆転するのは難しいだろう。


 僕一人でどうにかなる点数ではないが、頑張るしかない。全員リレーで1位を取ることを目指して、1人でも多くの人を抜けるよう全力で走らなければ。そして最高の形で選抜リレーの人たちに望みを託す。


 選抜リレーを走るメンバーは優秀だ。鶴井と久志はもちろんとして、他の6人も学年で上位に入るほどの足の速さを持つ。このまま何も起きなければ選抜リレーは1位を取れるはずだ。


「内海くん、頑張って1位を取ろうね」

「うん、頑張って1番でバトンをつなぐよ」


 次の種目はクラス対抗の全員リレー。バトンをつなぐ長嶺とはスタート位置が反対側であるので、話せるのは入場が始まる前の今の時間だけだ。


「おお、凄い自信だね」

「まあね。勝たないといけない理由ができたから」


 謎野の指令を達成するために、何より金山の願いを叶えてあげるために、ここはどうしても負けられない。


「そっかぁ、じゃああたしも全力で走らないとね」

「バトンはギリギリで渡せばいい?」

「もちろんだよ」


 テイク・オーバー・ゾーンの中であればどこでバトンを渡してもいいので、走る順番が近い者同士でなんとなくの場所は決めている。


 僕がバトンを貰う位置だが、前に走るクラスメイトである榎原が足に自信がないということもあり、早めの位置でもらうことになった。


 100M走の計測をした日のタイムは速いものとは言えないが、それでも女子よりは速いということで100Mよりも少し多めに走ることになった。


 僕と長嶺とのタイムはそこまで差がないのだが、長嶺の次に走るクラスメイトは長嶺よりも遅い。それにより、長嶺も少しばかりであるが多めに走るようだ。


「結構点数が離れちゃってるからね。怖いところはあるけど、攻めていかないと勝てないだろうし」


 リレーで一番恐ろしいことはバトンパスをミスしてしまうこと。ゾーンの中であればバトンを落としたとしても拾えば何とかなるが、僕たちがパスしようとしているのは、ゾーンギリギリのところ。


 もし、少しでもバトンがゾーンから出たところで渡されれば一発で失格になる。だから練習では余裕のあるところでバトンを渡すつもりではあったが、彼女も勝つためには攻める必要があると思っているらしく、僕の意見に賛成してくれた。


 だからあとは上手くバトンを渡せばいいだけ、そのために練習はしてきたが、ゾーンギリギリでの練習は一度もしてきていない。本番でいきなりそれをやることの恐ろしさは分かっているが、少しでも勝利への確立を上げるのなら、攻めるしかない。


 ただそれでミスをしたら……


「まだ不安?」

「え?」


 のぞき込むように僕の顔を見た彼女はそっと声を掛けてきた。


「その顔は嫌なことを考えてるときの顔だもん。もしミスをしたらって考えてたんでしょ?」


 失格になってしまったらその時点で8位となってしまう。そうすれば優勝への道は完全に閉ざされる。それが分かっているからこそ、不安を抱いてしまう。


「なんで分かったの?」


 顔に出した覚えはない。困ったときほど、顔にはそれを出してはいけないと小さい頃に叩き込まれていたから。それだけで相手に有利であると情報を与えてしまうことになるからと。


「不安な顔なんてしてなかったと思うけど」

「うん、いつも通りの優しそうな顔だったよ。だけどね、その顔の裏の雰囲気っていうのかな? なんとなくだけど、困っているようにも思えたから」


 亡くなった両親の教え。それを大切にしてきていたけど、今までそれを読まれたのは今のを入れてもたった2回しかない。あの時も彼女は悩んでいた僕の背中を押してくれた。どうしてこの時代でも長嶺は僕の心を読めるのだろうか。


「凄いね長嶺さんは」

「凄いってなにが?」

「いやこっちの話。それよりも長嶺さんは不安になったりしないの?」


 抱えているものが違うと言えばそれまでだが、現にこの体育祭で優勝できなければ、僕と久志はこのタイムリープをした意味が無くなる。片や彼女はただ勝ちたいという思いが叶わないだけだ。それが分かっているのに答えを聞きたがってしまっている。


「不安にならないかってい言われたら嘘になるけど。不安ってさ、可能性があるからこそ生まれてくるものじゃない?」

「可能性があるから?」

「うん、もしここで何をやっても勝てない状況だったらさ、絶対に不安なんて出てこないんだよ。初めから諦めちゃってるんだから不安なんて感じないよね。でもさ少しでも勝てる可能性があるから、それが潰れた時のことを嫌がっちゃってる」


 ゆっくり丁寧に話す長嶺の声が心に染みわたっていく。先程まで考えていた不安が段々と薄れてきているように思える。


「だからさ、不安を感じられるのは、勝てると思っているからなんだよ。だからあたしは不安よりも期待の方が大きいかな。まだチャンスはあるんだぞって思えてくるから」


 彼女は本当に高校生なのだろうか。僕が高校生の時にはそんなこと考えもしなかった。あまりにも冷静で周りが良く見えている。


「ありがとう。なんだか勇気を貰えたような気がする」

「それは良かったよ」

「だからしっかりと長嶺さんにバトンをつなぐね」

「うん、期待して待ってるね」


 大縄跳びのメンバーが揃ったことで、全員リレーの入場が始まった。


 ここは負けられない。優勝するためにもここで1位を取るんだ。もう不安も感じていない。期待してくれている長嶺のためにも、ただ自分の力を信じて全力を出すだけだ。

 

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