第30話 依頼②
「なんだか大変なことに巻き込まれたような気がするよ」
「それは運が悪かったですね」
「誰のせいだと思ってるの?」
僕が巻き込まれる原因となった張本人はクスクスと笑っている。
「それでこのことを知っている人はどれぐらいいるの?」
「誰かまでは教えられませんがあと1人だけです。前の学校でも金山と名乗っていましたから、知っている人はほとんどいないんです」
僕の他は1人だけ知っているのか。それが誰であるかは分からないが、少なくとも久志だけではないことは確かだ。久志の口は軽いし、何より金山と久志が付き合っている時に久志からそんな話など聞いたこともなかった。
というか本当によく久志は付き合えたな。告白をしてきたのは金山の方からとはいえ、久志のどこを好きになったのだろうか。金山に関して謎が深まるばかりだ。
「よほどその人のことを信頼しているんだね」
「ええ、私の大事な幼馴染みたいなものですから」
僕の場合は事故みたいなものだけれど、金山が龍ヶ崎家であることを知っているのはSPの反応から見てもかなりの信頼を得ているのだろう。
金山は図書館に行けばいつも一人で本を読んでいたし、誰かと一緒にいるところを見たことは一度もなかった。もしかしたら、その幼馴染はこの高校にいないのかもしれないな。
それにしても幼馴染か……。僕にも本当に小さい頃、仲の良かった友達がいたような気がする。それも十数年前のことなので全く覚えていないが。
「私の家系のことを知っても、仲良くしてくれますか?」
何でそんなに心配そうな顔をしているのだろうか。僕は別に金山が龍ヶ崎家の子供だからというのはどうでもいいことだ。金山の方から関係を切られない限りはこちらとしても仲良くしていたい。
「金山さん以上に本の趣味が合う人はいないよ」
それだけで僕が言いたいことは伝わったようで、暗くなっていた顔がぱあっと明るくなった。
「良かったです。内海さんとの関係が壊れてしまったらどうしようかと思いました」
そんなに心配なら本名を教えなければ良かったのに。そう心では思ったがそれを言うのは野暮なので、心に留めておく。
「これからも仲良くしてくださいね。恭也さん」
「おお、急に距離を詰めてきたね」
今まで内海さん呼びだったのが、急に下の名前で呼び始めるものだから驚いてしまった。
「ダメでしょうか?」
「いいや、金山さんの好きに呼んでいいよ」
「ありがとうございます」
もしこれが1回目の高校生活だったら、僕も下の名前で呼んでいいか聞いていたかもしれない。ただ、僕はこの先の未来を知っている、ただでさえ、1人勘違いして勝手に嫉妬している奴がいるからな。これ以上拗れないようにするためにも僕の方はこれからも金山さんと呼ばせてもらおう。
「そういえば、僕をここへ呼んだ理由って家のことを話したかったからなの?」
「いえ、あれはついでです。本題はここからです」
ちゃんと相談事はあるのね。この言い方だと、龍ヶ崎家のことは口に滑ったというより、僕に言うことは決めていたということか。僕に伝えたい意図ははっきりしないが、学校にも味方が欲しかったと捉えておくことにしよう。
「それで相談っていうのは?」
「えっと実は……」
僕は金山の相談事を聞いて最初に出た言葉は
「ハァ……」
だった。先程までのピリピリとした雰囲気とは違い、なんともふわっとした相談事であったことだけに力が抜けてしまった。
「恭也さん、私これでも真剣なんですよ」
「ごめんごめん。さっきまでの話があまりにも衝撃だったから」
顔をプクーっと膨らませて怒る金山。本人的には龍ヶ崎家のことなんかよりも、こっちのことの方が大事らしい。
「大丈夫、ちゃんと協力するから」
「理由聞かないんですか?」
「なんとなくわかってたから平気だよ」
「そんなに分かりやすかったですか」
恥ずかしそうに顔を押さえ、ついには机の陰に隠れてしまった。これが龍ヶ崎家の次期当主か。信じられないな。
「とにかく、金山さんの計画を遂行するためにはまずやらなきゃいけないことがあるよね」
「はい、私が計画を実行するためにはまず体育祭は勝たなければなりません」
「だよね……」
金山の計画よりも体育祭で優勝することの方がはるかに難しい。現在の順位は4チーム中3位。
1位 CD(青)組……211点
2位 GH(緑)組……187点
3位 EF(白)組……168点
4位 AB(赤)組……165点
1位の青組とは43点差もある。残る競技は大繩と全員リレーと選抜リレーの3つ。リレーが残っていることで逆転の可能性も十分あることにはあるが、それでも厳しいことには変わりない。
そして僕の競技は全員リレーのみで、ほぼクラス頼みになってしまっている。いくら僕たちが勝ちたいと思ったところで個人の力ではひっくり返せない状況まで来ている。
それを金山もわかっているのか、相談した時点で若干諦めを感じているようだった。
「難しいとは思いますが、もし万が一勝てることがあればその時はお願いしますね」
「うん、その時はちゃんと協力するよ」
「ありがとうございます。後半戦も頑張りましょうね」
金山の立ち去る姿は、あの日見たものと同じだった。成績発表の日、久志に会えずに帰っていったあの姿と。
金山のために頑張ってやりたいが、僕には43点という点差は僕一人ではどうすることもできない。多少の点差であれば個人種目で頑張るということもできたが、僕の種目は終わっているからな。
せめて白組が勝てるように応援するぐらいしか、僕にできることはないか……。
諦めて応戦席に戻ろうとした時、ポケットに入っていた携帯が震え出した。電話だった。誰からだろうと、開いてみると“謎野”と表示されていた。タイミングいいのか悪いのか、こちらとしても確認したいことがあったからちょうどいいか。
「はい」
『どうやらちゃんと指令通り動いたようだな』
指令通りというのは、借り物競争で決められた紙を引くということだろう。
「それで今度はなんだ?」
『お前たちの組には体育祭で優勝してもらう』
「は?」
このタイミングでこの指令。僕は辺りを見渡すが、周りには折り畳み式の椅子や机をせっせと片付けているSP以外には誰もいない。
タイミングが良すぎる。金山の計画で優勝が必要となった途端に次の指令がくる。どこかで見張られているのではないかと思うぐらいに。
「ここまであんたの計算通りか?」
『どういうことだ?』
「僕がお題で金山を連れて行くことが分かってて、金山に僕がここへ呼びだされることを読んでいたのか?」
もしくは、全部謎野が計画していたことなのか。あまりにもこの短時間で起きたことが激動過ぎるし、そもそもそのきっかけを作ったのが指令によるものだ。
『自分の都合良いように解釈しすぎだ。そこがお前の悪いところだ。普段から自分の考えが正しいと思っているのではないか? だから自身に都合が悪いことが起きる可能性のものは見ないようにしている』
「なんでそれをあんたに怒られなきゃならない。自分の考えに自身を持っちゃダメなのか?」
『視野を広く持てといってるんだ、大馬鹿者。可能性は1つだけじゃない。すべての起こりうる道を見据えて行動しろと言っているんだ』
視野を広く持てか。確かに困難にぶつかった時にいい考えが思い浮かぶと他に方法を考えようとはしなかった。というか大馬鹿者って。
『だが、お前のその直感は嫌いじゃない。だからお前を巻き込んだ』
「貶すのか、褒めるのかどっちかにしてほしいな」
『悪いな、ただこちらにも事情がある。今回のお前の推理は当たっている。あのお題で他クラスに知り合いの少ないお前が金山に接触することは容易に想像がついた』
友達が少なくて悪かったな。というか推理が当たっているなら怒るなよ。不満を露わにしたところで相手に伝わるわけではないし、何しろ僕への指摘は的を得ていたし、言い返すことなど出来なかった。
『まさか、龍ヶ崎家の者であるとお前に話すとはこちらも想定外であった。場合によっては私の姿を見せることもあったが、それをせずに済んで良かったよ』
つまり、金山が龍ヶ崎家の子供であることを言ったことについてはコイツは関与していないということか。
「あんたは龍ヶ崎家と関係があるのか?」
『それは教えられない。今教えたところで、お前にはどうすることもできない。だから、まず体育祭で優勝することに努め上げろ」
「おい、ちょっとはっきり言え」
すでに電話は切られていた。何なんだアイツは。“ミネサヴァ”を作った人であり、龍ヶ崎家にも関わりがある。そんな人物が僕を利用しようとしている。ますます謎が深まるばかりだ。
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