第29話 依頼

「1年半前、珠奈様はこの夕才高校に受験することをお決めになさりました。しかし、現当主である吾郎様はそれを反対致しました」

「それはどうして? この学校には金山……珠奈さんほどではなくても実家が裕福な人たちは多いぐらいにはレベルの高い高校じゃないですか」

「それが問題なのですよ」

「問題?」

「ハァ……」


 SPは呆れたような目で僕を見てくる。どうしてそんなことも分からないんだと言いたそうな目だ。


「現在、龍ヶ崎家では後継者争いが絶えないことはご存じですよね?」

「まぁ一応は……」


 SPの人はどこまで知っているのか確認も兼ねて、知っていることを話してみろと言うので、ニュースや記事で見て得た内容を伝えることにした。


 本来、龍ヶ崎では息子が後を継ぎ、当主となって龍ヶ崎家を動かしていくのだが、龍ヶ崎吾郎には息子がいない。子供が女の子しか生まれなかったからだ。


 当主になるのは男だという古い慣習があるからこそ、娘には後を継がせず、吾郎が現在も当主であり続けている。その状態を狙って分家同士が後継者の席を争っている。


 僕が知っているのはここまでだが、SPの様子を見るに大方違っているのだろう。


「吾郎様には息子がいらっしゃいました。しかし10年以上前に何者かによって殺されました」

「そんなこと聞いたことがないけど」

「それはもちろん、そんなことが広まれば龍ヶ崎家の力は弱まりますから、マスコミを買収して情報規制をしたまでですよ」


 さすが龍ヶ崎家。やることが一々凄いな。


「そこで一華様、つまり珠奈様のお母様に後を継がせようとしたのですが、体の弱い一華様では龍ヶ崎家を動かすことは難しいこと、そして命が狙われる危険があることもあり、吾郎様が引き続き当主を続けておられます」


 SPが話してくれたことは全て聞いたことがなかった。それはつまり情報規制がしっかりされていたのだろう。


「しかし、一華様の子供も男の子が生まれませんでした」

「はい、私には姉弟がいませんから」

「ですから吾郎様の後を継ぐのは珠奈様だけということになります」


 なるほど、大体分かってきた。目の前にいる金山はただのお嬢様ではなく、龍ヶ崎家の次期当主。だからこそ、SPが2人がかりで金山の護衛をしているということか。


「つまり、珠奈さんが龍ヶ崎という苗字を名乗らないのも」

「はい、命の危険があるからです」

「それは分かったんですけど、何故この学校に入学することを反対したんですか? ここなら他の学校と比べて安全もだいぶ保障されているはずでしょうに」


 この学校のセキュリティは金持ちの子供が多いこともあってか、かなり厳しい。まず外部からの侵入なんてされるはずがない。この学校以上に安全なところなどあるのだろうか。


「吾郎様の御子息を殺したと思われるのが蒼龍家なのです」

「は?」


 分家の中でも特に御三家と呼ばれる蒼龍家、天龍家は忠誠心が高かったはずだ。その蒼龍家が龍ヶ崎家の者を殺した?


「確実な証拠はないので、疑いがかかっている状態ですが、可能性は一番あると思っています」

「だから、蒼龍家の息がかかっているこの学校に入ることを反対した?」

「はい、そうなります」


 自分の子供を殺したかもしれない一家の学校に、孫である金山を入学させたいとは思わない。後継者の座を狙っているのなら金山も同じく命を狙われる。


「それって結構危ないんじゃない?」

「一応、珠奈様は事故で亡くなられたことにしていますが、どこまで信じられているかは分かりません。今も珠奈様のことを探しているやもしれません」

「そんな危ない状態なのに、なんで金山さんはこの学校に入学したの?」


 深刻そうに捉えているのはこちらだけのようで、金山は自身には関係のないことかのように食事を楽しんでいた。


「なんでそんなに気楽なんだよ……」

「気にしたところで無駄ですよ内海さん。どうせどこにいても安全なところはないのです。それであるならば、逆にこちらから忍び込んで裏切りの証拠を見つけるだけです」


 なんというか、ますます金山のことが分からなくなった。ただの本好きで大人しい子かと思えば、権力者の孫だし、堂々としている。


「金山さんって凄いね。自分がその立場だったら家に引きこもってるよ」

「そうですか?」


 次期当主になる人の器は違うということか。今も我関せずと口に料理を運ぶ金山を見てなんだかこちらも力が抜けてきた。


「全部聞いてから言うのも変だけど、これ僕が聞いちゃって良かったの?」


 落ち着いたこともあってか、何故無関係である僕が龍ヶ崎家の内情を聞かされているのかに疑問を感じ始めた。


 マスコミを買収して情報規制するぐらいだ。龍ヶ崎家の内情をただの庶民である僕なんかに話してしまってよかったのだろうか。


「ダメに決まっているじゃないですか。龍ヶ崎家とバレた時点で始末するつもりでしたので、珠奈様が止めていなかったら……」

「その後のことは言わなくていいです」


 その後に続く言葉は容易に想像できるし、聞きたくもない。まさか金山が名前をポロっと口から滑っただけで殺されかけるとは夢にも思うまい。


「金山さん、他の人には絶対に本名名乗っちゃいけないからね」


 そうしないと、金山の身だけじゃなくて周りにも危害が及ぶ。僕は肩をがっしりと掴み念押しした。


「大丈夫ですよ。もう誰にも言いませんから」

「なら良いけど」


 だったら僕にも話さないで欲しかったなと言ってやりたがったが、金山の肩を掴んだ時にSPに睨まれたので何も言えない。もうやだ、さっきまでの日常に帰して。


「恭也様にすべて話した理由ですが、もしもの時珠奈様をお守りしてほしいのです」

「守ることは別に良いんだけどどうして僕に? あなたたちSPがいるじゃないですか」


 ただの一般人と日頃から訓練をしているSPとでは戦闘力も違うし、僕に頼むなんかより自分たちで動いた方が効率が良いとは思うが。


「万が一ですよ。それに……、いえなんでもありません」


 なんかすっきりとしないな。まだ僕に何かを隠しているそんな気がしてしまう。


「では、珠奈様私たちはこれで」

「は~い、私の走り楽しみにしててね」


 金山がニコニコしながら手を振るとSPは少し微笑みを返してすぐにまた姿を消した。

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