第26話 綻び

「すみません、私の足が遅いせいで負けてしまって」


 麻袋エリアまでは2位であったが、借り物競走で再び逆転を許し、結果3位で終わった。


 2位から落ちたことが自身に非があると思っている金山はゴールしてからも謝り続けていた。


「金山さんのせいじゃないよ。他の2人のお題が簡単だったみたいだし、運の差で勝たれただけだよ」


 実際に1位を取ったB組の生徒は『メガネ』、2位を取ったG組の生徒は『帽子』と、軽くて持ち運びやすいものだった。


 そもそも、僕がもっと速く借り物競走エリアに着いていれば良かったことだし、金山が責任を感じる必要はない。


「それに、金山さんがすぐに来てくれたから3位を取ることが出来たんだよ。もし、あそこで拒まれてたらもっと順位が下がってた」


 金山はお題の内容を聞くことなく、すぐに一緒に走ってきてくれた。僕たちのあとにゴールしたC組の生徒との差はそこまでなかったし、少しでも時間をロスしていたら、4位にすらなっていたかもしれない。


「内海さんのお役に立てなら良かったです」


 ホッと胸を撫で下ろす金山。足を引っ張ったのではないかと気が気でなかったのだろう。


 このレースだけで見れば結果は悪くない。F組は5位だったことで白組には10点入ることになる。最大で15点を取れるところ10点を取れたのは上出来だろう。


「それで、内海さんのお題ってなんだったのですか?」


 落ち着きを取り戻した金山はなぜ自分がお題として呼ばれたのかを聞いてきた。


「えっとね、『他クラスの異性』って書かれてたんだ」

「それで私を?」


 それだけでなんで私なのかと疑問が新たに生じたらしく、首を傾げている。


「金山さん以外に仲の良い他クラスの女子がいないからだよ」


 自分で言っていて少し悲しくなるのは気のせいだろうか。このお題を見たとき、金山以外の女性は思い浮かばなかった。


 もし、これが『異性』だけのお題であったならば、長嶺を呼んでいたかもしれないが、他クラスとなるとこの時代に来てから、関わりを持ったのが金山だけだった。


「そうなんですね」


 と、口を手で抑えながらクスクスと笑う金山。


「そんなにおかしい?」

「いえ、少し意外だったのです」

「意外?」

「はい、内海さんはお優しい方ですから、色んな方と仲が良いかと思っていたのです。初めて出会った時から変わっていませんでしたし」


 金山と初めて出会った時というのは図書館での1件か。確かに本は譲りはしたけど、あれだけで優しい人という判定になるのか。


「優しい人って思われてるのは正直嬉しいな」


 意外と優しくしていても相手に良いように思われるとは限らない。もし、優しいだけで仲が良い人ができるのなら、自身の交友関係はもう少し広かったと思う。


 ただ現実は違う。優しいだけでは人は寄ってこない。もし、優しいだけで好かれるのなら、彼女が出来ないことと矛盾してしまっている。


「ええ、なので私は内海さんのことが好きです。もちろん友達という意味ですが」

「すぐに訂正するんだね。こういうのって小説とかだと少し間を持たせて相手に期待させるもんなんじゃない? もかして俺のことを的な」


 だが、金山は僕にそのような妄想をさせる隙さえ与えてくれなかった。


「ええ、勘違いさせてしまうわけにはいかないですからね」


 まぁそうだろうな。金山には好きな人がいるのだし、他の人に言い寄られるのは勘弁願いたいところだろう。


「それが良いよ」

「はい」

「あの、盛り上がっている悪いんだけど、そろそろ動いてもらってもいいかな?」


 僕たちが並びもせず話していることにいい加減痺れを切らしたようで、係の生徒が呼びに来た。


「ごめんね、今動くよ」

「お願いしますね。それと、お題の方ももう戻って頂いても大丈夫ですよ」

「分かりました。では内海さん、残りも頑張りましょうね」

「金山さん本当にありがとう」


 金山と分かれ、3番のフラッグの列へと歩き始める。


 そういえば、謎野が取らせたかった紙は分かったけど、結局どうしたかったのだろうか。お題は簡単とも難しいとも言い難いし、特定の人物をお題にしたかったのではあまりにも抽象的過ぎるような気もする。


 これで指令の方は達成ということでいいのか。まだまだわからないこともあるが、とりあえず謎野からの連絡を待つしかないか。


「あの、内海さん!!」


 応援席に戻ったはずの金山が僕を呼び止めた。


「どうしたの?」

「内海さん、今日の昼休み。校舎裏に来てもらっても良いですか? 相談したいことがあるのですが」


 相談事? もしかして、以前言えずに終わってしまったことだろうか。


「うん、分かった」

「ありがとうございます。では、昼休みに」


 用件を伝えに来た金山の顔は少し赤くなっていた。僕に相談するのにもかなりの勇気がいるものだったのだろう。


 1年生の全員リレーが終われば、昼休みに入る。全員リレーが終わり次第校舎裏に向かうとしよう。


 障害物競走が終わり、僕は応援席へと戻ってきた。3位という結果は現在落ち込み気味のE組にとって喜ばしいことようで、労いの言葉をかけてくれる人たちも多くいた。


 ちなみに同じく障害物競走に出場していた長嶺は僕よりも1つ高い2位という結果だった。本人的には悔しかったようで、少しばかり不満げな顔をしていた。


「お疲れ、恭也」

「そっちこそ、見てたよ1位。流石だね」

「ありがとうな」


 普段なら少し褒めるだけで喜びそうな久志だが、何故か複雑そうな顔をしていた。


「あのさ、恭也」

「何?」

「お前、ミナと仲が良かったのか?」


 ミナというのは金山のことだ。当時久志は金山のことをそう呼んでいた。


「図書館で何度かね話す機会があったんだよ。お互い本が好きだからね。それがどうかした?」

「お前のお題はなんだった?」

「お題? ああ、『他クラスの異性』だよ」


 お題を考えれば僕が金山を連れて行ったのも納得だろう。交友関係が狭いことは久志も知っていることだからな。


「本当にそうか? 嘘ついたりしていないか」

「こんなことに嘘はつかないよ」


 どうしたんだ久志は。どう見てもいつもの久志とは思えない。冷静さを失っているようにも思える。人の言うことを簡単に信じる久志ではなく、とても疑り深い。


「そうか、分かった」

「おい久志!」


 僕の呼び声にも耳も貸さず、久志はどこかへ行ってしまった。

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