第25話 障害物競走

 100M走では、組み合わせに恵まれずE組のほとんどが下位に沈むこととなった。そんな中でも、鶴井と久志が1位を取ってくれたことで、他クラスと大きな差はそこまで生まれなかった。


 久志はこの時代に来てからも陸上部での練習に積極的に参加していた。その成果もあってか、2位とかなりの差をつけ、1位を取っていた。


 鶴井は部活に所属していないというのに、1位を取っているあたり、さすがというべきか。


 2人だけで16点も稼いでくれたのだから、ありがたい限りだ。走り終わった久志に「良くやったな」と声を掛けたかったのだが、障害物競走の招集がが掛かってしまい入れ違いになってしまった。


 久志も1位を取ったんだ、僕も頑張らなければ。体育祭まで走る練習をしてきたとはいえ、足の速さだけでは1位を取るなんてことはできない。だが、これは障害物競走だ。


 借り物競走という運要素もあることだし、純粋な足の速さの勝負にはならないだろう。自分の運を信じればいいだけ。


 と、本来ならばそう思っていただろうが、僕にはそう思えない理由がある。それは僕には選ばなければならない紙があるということだ。


『体育祭当日、障害物競走の借り物選定にて、一番左の紙を引くこと』


 僕が選ぶ紙は事前に決められていることから、僕の順位もある程度コントロールが可能というわけだ。


 謎の人物、面倒だから今後は謎野と呼ぶことにするが、謎野が僕を勝たせたいと思えば、簡単なお題を出すだろうし、反対に勝たせたくなければ、難しいお題を出してくるだろう。それだけでも謎野が何を考えているのか少しは見えてきそうだが。


 レースの順番は塚原に頼み、僕を一番にしてもらった。指令の通りの紙を引くためには、他の人にその紙を取られてはいけない。順番が遅くなればその分、他の人に取られてしまう可能性がある。


 そうならないために、僕が一番最初にレースに出て、その組の中で一番に紙を引く状況を作り出す必要があった。塚原も理由を尋ねてくることなく僕を一番にしてくれた。


 舞台は整った。あとは、僕が一番にお題の紙を引くだけ。


『プログラム5番、障害物競走です。選手たちは、ハードル跳び、網くぐり、麻袋跳びを乗り越えます。そして、紙に書かれたものをゴールまで運ぶ借り物競争もあります。お題によっては選手以外にも出番があるとのことなので、みなさん準備の方をよろしくお願いします』


 1年生のムカデ競争が終わるなり、障害物競走の説明アナウンスが流れた。説明にもあったように、お題の紙に書かれているものは、物とは限られない。場合によっては生徒や教師がお題になっていることもあるらしく、その場合は一緒にゴールまで走る必要がある。


 僕の取るべき紙に書かれているのは、物なのか、人なのか。考えたところで何も始まらない。まずは、絶対にその紙を取ることに集中しなければ。


「では、1走者目の人たち、準備をお願いします」


 審判の合図で、僕はトラックの中に入る。僕が走るコースは3コース。できれば一番左のコースが良かったが、ハードルを越えれば、オープンコースとなる。そこまでに抜かせばいいだけだ。


 ただ、一緒に走るメンバーの中には先程の100M走で1位を取った人もいる。単純な走力では叶わないから障害物を上手く使って勝つしかないな。


「位置について……」


 ふと応援席の様子が目に入った。久志は仕切りぎりぎりまで前に出て応援しているた。応援に熱が入り過ぎだろう。


「よーい」


 同じく白組のエリアの隅っこでは椅子に座りながらこちらに手を振る金山の姿もあった。


「ドン‼」


 ピストルの合図とともに、僕は走り出す。


 スタートダッシュだけで、すでに僕の前には3人ほど過ぎ去っていく。やはり純粋な足の速さでは勝てないか。これ以上離されないようにしながら、ハードルエリアへと入る。


 ハードルは5台置かれており、リズムを間違えないように跳んでいく。前の一人がハードルに引っかかり、バランスを崩した隙に、僕は3位へと浮上した。


 ハードルエリアを抜け、網くぐりエリアへに進む。網自体は5mほどしかないが、

低い体勢で網をかぎ分けて進む。前の選手の進んだコースを進むことで、差は縮まったがまだ抜かせない。


 網を抜けるとすぐに麻袋が置いてあった。現在僕は3位。1位との差は10mもない。麻袋に足を入れ、前へと跳ぶ。


 2位の選手が前よりは上に跳んでいたので、前へ跳ぶことを意識し、2位へと浮上。麻袋を終えると、お題の紙が置かれている机までの直線勝負。前を走っているのは100Mでも1位を取ったG組の生徒。


 体力もだいぶ消耗しているが、まだまだ走れる。なんとか差を開かれず、借り物競争エリアへと到達する。幸いにもG組の生徒は、真ん中に置いている紙を取っていたので、僕は左の紙をめがけて走った。


『次々と園主たちが借り物競争のお題を引き始めました。一体紙にはなんと書かれているのでしょうか‼』


 僕は一番左に置いてあった紙を開くが……これが、謎野言っていたお題?


 お題の紙を開いて中身を確認すると、僕は白組の応援席に走った。


「なんだ、恭也。お前のお題、人なのか? もしかして好きな人とか書かれてたのか?」


 僕が近づいてくるなり久志がそんな風に揶揄してきたが、今は構ってられない。


「おい、そっちじゃないぞ」


 久志が僕を引き止めるような声が聞こえたが、僕はしっかり走る前に居場所を把握していた。


 お題の人物の前に立つと、その人はキョトンとした顔でこちらを眺めていた。


「どうかしたのですか? 内海さん」

「ごめんね、金山さん。悪いけど走れる?」


 その言葉で理解してくれたようで、金山はすぐに立ち上がってくれた。


「構いませんよ。ただ、私はそんなに早くは走れませんが……」

「ううん、一緒に来てくれるだけで助かるよ」

「分かりました」


 僕は金山の手を引き、ゴールへと走りだした。


「おい、恭也。どういうことだよ!」


 悪いな久志、今は説明している時間がない。後でちゃんと説明してやるから。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る