第17話 手料理をたべたい③
「ごめんね、外で待たせちゃって」
「全然、あたしが急に押しかけちゃったのが悪かったんだし」
謎の人物からの電話を終えた僕は長嶺を家へと招き入れた。
『体育祭当日、障害物競走の借り物競走にて、一番左の紙を引くこと』
電話を切られる直前に言われた指令。詳しい説明に関しては郵便受けに入っているカードを見ろとのことだ。長嶺が帰った後にでも回収するとしよう。
「さっそくだけど、冷蔵庫の中見せてもらってもいい?」
今度こそはと、前回のリベンジに燃えたエプロン姿の長嶺がそう聞いてくる。
「うん、もちろんいいよ」
見られてまずいものなんて冷蔵庫には入れなていないので、どうぞ好きに材料を使ってほしい。食材も最近買いに行ったばかりだから豊富に揃っている。
「確認だけど、今日は作り置きしてないよね?」
前回同様、急に訪ねて来ていることで、僕がすでに夕食を作っているのではないかという心配があるようだ。
「今日は作ってないよ。久志が来る予定もなかったしね」
別に作ってあったとしても、次の日の昼食なりにすればいい話だし、喜んで長嶺の料理を食べるんだけどね。長嶺的には前回の失敗もあることから気がかりだったのかもしれない。
そんなに心配なら初めから連絡しといてくれればいいのに。そしたら初めから作り置きも用意しておかないし、茶菓子だって用意しておくのにな。
「なら良かった。それじゃあ始めるね」
「材料も好きに使っていいからね」
「ありがとう。内海くんよりもおいしい料理作ってみせるね。それと時間かかっちゃうと思うから、あたしのことは気にしなくていいから好きなことやっててね」
よしっと、気合を入れた長嶺はイヤホンを両耳につけてから、料理を始めた。音楽を聴きながらやることで集中モードに入れているのだろうか。
僕も音楽を聴きながら料理をすることが多い。料理をめんどくさいと思うことがあった時に、音楽を聴きながらやったことで意外と楽しめたからだった。それ以来料理に長い時間かかるときはよく聴きながらやっている。
長嶺の料理の工程はとてもスムーズだった。適度に電子レンジを使用することで時短にもなっているし、今度真似してみようと思えるものがいくつもあった。
長嶺が料理をしている間、何していようかと思っていたが、人が料理をしているのは見るのは新鮮で、懐かしさすら感じる。もう何年も他の人の手料理は食べていなかったから、こうして自分のために料理をしてくれていると思うと嬉しいという感情でいっぱいになる。
長嶺が楽しそうに料理をしているのも後ろ姿から感じ取れ、よっぽど料理好きなんだと分かったし、なによりその姿を眺めている僕自身が楽しさを感じていた。
耳を澄ますまでもなく、コトコトと包丁で野菜を切る音が聞こえる。そんな長嶺の料理をする姿を僕は時間も忘れ、ボーっと眺めていた。
「完成」
「え、もう⁉」
気づいた時には料理は完成していた。
「もうっていうけど、だいぶ時間かかったよ?」
確かに長嶺が料理をしてから1時間以上は余裕で超えていた。あっという間だったなと感じるとともに、1時間以上も長嶺を見続けていたという事実に驚く。
改めてそのことを意識すると、顔がボッと熱くなるのを感じた。
「大丈夫? 風邪でも引いた?」
「いや、大丈夫。ただテスト返しとか、体育祭練習で疲れただけだと思う」
「今日は早く寝るんだよ」
「そうするよ」
自分自身、何故顔に熱さを感じたのが分からない。だが、少なくとも風邪ではないことは確かだ。だとしたら……いや、それはないか。
「ご飯食べれそう?」
「うん。お腹も空いてたし、早く食べたいぐらい元気だよ」
「じゃあ、どうぞ」
長嶺の料理は見た目だけでもかなり美味しそうに見える。それに加え、僕が普段作る量よりも1,2品多い。料理時間は僕とそう変わらないはずだが、工夫次第でまだまだ時短できるということか。
それで味の方だが……、僕は長嶺が自信作だと言う料理に手をつけた。1口食べただけで手が止まらなかった。
「美味しい」
「ほんと⁉ 良かった」
美味しいと言われたのが余程嬉しかったのか、僕の食べている様子を前から見ていた長嶺はニコニコ笑っていた。
「全然、僕が作ったものより美味しかったよ」
この前、僕の料理を食べた時に悔しそうにしていたのが信じられないぐらいだ。
「あれから頑張ったからね。内海くんより美味しいものを作ろうって。美味しそうに食べてくれて大満足だよ」
こんなに美味しいものは毎日食べたいぐらいだ。僕もこれぐらい上手に作れるようになるだろうか。
「今度は僕が作るね。この前は作り置きの奴だったし」
「じゃあ、楽しみにしてるね」
今日食べたものよりも美味しいものを作ってみたい。
料理を始めて4年。初めて対抗心が芽生えた。
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