第9話 図書館のお姫様②

「申し遅れました。私は2年F組金山珠奈かなやまみなと言います」

「僕は2年E組の内海恭也」


 金山珠奈。肩には届かないほどの長さのアイスシルバーの髪色は印象的でどこかで見た覚えがある。だけど、どこで見た顔かまったく覚えていない。


 見た目からの印象ではどこぞのお嬢様のような気品の良さが窺われる。それに喋り方もとても丁寧だ。こんなお嬢様のような金山とは正史では会った覚えもないのだが、妙に懐かしさも感じる。


 でも一度でも話したことがあったりしたら、印象的な彼女のことは忘れられないだろう。つまり勘違いだ。


「じゃあ僕はこれで」

「あのっ!」


 彼女とは特に接点もないし、話すようなこともないので、この場を立ち去ろうとしたが、金山に呼び止められた。


「どうかした?」

「この本を譲ってもらった代わりといっては何ですが、私のおすすめの本でもご紹介してもいいでしょうか? この本を読もうとしていたということは内海さんも本がかなりお好きなのではありませんか?」

「え?」 

「嫌ならいいんです。ただお礼をしたいと思った私の自己満足ですから」


 そう言われてしまったら、断るのも悪い気がする。それに今すぐ借りたいと思っている本もなかったことだし、せっかく薦めてもらえるのなら読んでみるのも悪くはないだろう。


「それじゃあ、お願いしようかな」

「はい、喜んで」


 金山に連れられるがまま、2階、3階、4階へと本棚を巡り、10冊近くの本を紹介された。


 金山は1冊1冊の本について丁寧にあらすじや面白ポイントについて話してくれてどれも面白そうに感じた。


 ただ、本を紹介するのに夢中になっているせいか、1冊の本の紹介が終わるなり、すぐに次の本がある場所へと移動してしまうためすでに僕の腕には何冊もの本が積み重なっている。


「えっと、次は……」


 金山はまだ他にも紹介したい本があるらしいのか、辺りをキョロキョロし出したところで、僕は口を挟んだ。


「ごめんね、一先ずこの本をどうにかしたいんだけどいいかな?」

「すみません、つい楽しくなってしまいました」


 僕の言葉でふと我に返ったようで顔を赤らめた。好きな本についてベラベラと語る自身を思い返して恥ずかしさを覚えたようだ。


「内海さんにこんなに本を持たせてしまいすみませんでした。重かったでしょう?」


 その場に持つ分には問題ない重さではあるが、持ち歩くとなると話は別だ。それに先程から色んな人たちに見られていて少し恥ずかしさもあった。


「とりあえず、この本たちを机に並べてみたいし、5階のスペースにでも上がろうか」


 金山は僕の提案に頷き、後ろからついてきた。


 この図書館の5階には図書館のなかでも唯一騒いでも良い場所がある。周りの目を気にせず話したいのであれば5階がおすすめだ。


 5階に着いた僕は、まず持っていた本を机の上に並べた。


「本当にすみません。内海さんにこれだけの量の本を持たせてしまっていて……」

「ううん、僕もすぐに言えばよかっただけだから。それに金山さんが紹介する本がどれも面白そうで、聞き入ってたからね」


 実際目の前にある10冊近くの本はどれも面白そうだと感じていた。どれも読んだことはなかったし、僕が手に取りそうにないタイプの本であったので新たな発見が出来た。


 こうして金山と出会わなければ絶対に読まない本であっただろうな。


「それなら良かったです。もしかしたら迷惑ではないかと心配していました」

「全然、迷惑ではないよ」


 その言葉に安心したのか、金山はホッと息を吐いた。そして、今度は僕の目を真っすぐ見てきて、


「それなら、1つよろしいでしょうか?」


 と聞いてきた。僕は縦に頷いた。


「もし宜しければ、今度この本たちの感想を聞かせてもらっても宜しいでしょうか?」

「そんなことでいいの?」


 むしろもっと難しいことをお願いしてくるかと思っていただけに拍子抜けした。


「私……いままでこうして誰かに本をオススメしたことがなかったんです。なかなか本に興味を持つ人がいなくて……」

「あ~」


 金山の言葉に僕も同じようなことを感じていた。今まで色んな人と関わりを持ってきたが、本を誰かにオススメするようなことはなかった。


 まず、久志は活字を読むと眠くなってしまうからな。唯一話せそうだと思った鶴井もいつも読んでいるのは高度な専門書だったりと、同じレベルで話せる友達がいなかった。


 だから金山の気持ちは痛いほど分かる。自分と同じ趣味を持った友達が欲しいってことが。


「そうだね、だったら……」


 僕は目の前にある本から5冊を選び出す。


「今日さっそくこの5冊を借りてみようかな」


 僕が借りると宣言したことで金山は目を輝かせるとともに、急にあたふたと手を振り慌てだした。


「良いんですか?」

「良いんですかって、何が?」

「だって今日借りたい本はもう決まっているとおっしゃっていたじゃないですか?」


 あ~、そういえば、金山に本を譲るためにそんな嘘もついてたっけ……


「いや、ごめん。あれ嘘なんだ……」

「えええ⁉」


 目をパッチリと開けて驚く金山。なんか小動物みたいで可愛い。


「ああ言った方が変に気を遣わせないかなって思ったんだ」


 こうしてばらしてしまったのだからもう意味はない気もする。


「そうだったんですね。でしたら先程譲ってもらった本は内海さんにお返した方が……」

「でも譲った時は嘘だったけど、今は嘘じゃないからね」

「ん? どういうことです?」


 何を言っているのか分からないと言う風に首を傾げる金山。


「だって、金山さんに本を紹介してもらったことで借りたい本が出来たからね」

「え。わ、ホントですね」


 単純なのかなんというか。なんとなくこの子は凄く素直な子なんだろう。


「だから今日はこの5冊を借りて今度また別のおすすめの本を借りるね」

「はい‼」


 共通の読書趣味の人を見つけられたことの喜びなのか嬉しそうに返事をしていた。


「感想は今度会った時にでも伝えるね」

「でしたら連絡先を教えてもらっても良いですか?」


 金山はポケットから携帯を取り出し電源をつけた。そして、金山の画面にある人物の写真が写っていたのをチラッと見えてしまった。


 僕は動揺を顔に出さないようにしながら、RIMEのアプリを開き、コードを見せた。


「はい、これでOKですね。ありがとうございます」


 連絡先がしっかり交換できたようで、金山のアイコンが表示された。アイコンは猫の人形と可愛いものが好きなことが窺える。


「今日はありがとうございました。おかげで楽しい時間を過ごせました」


 金山はこの後予定があるらしくもう帰らないといけないとのことだった。


「こっちこそありがとう。おかげで面白い本にたくさん出合えたからね。読み終わったら感想送るね」

「はい、楽しみにしています」


 それじゃあ、と彼女は言って、図書館から出て行った。


 一目見た時から僕は彼女にどこかで会っていたような気がしていた。同じ学校の生徒であるのだから、どこかで見かけたことがあるぐらいのことだと思っていた。


 今日みたいに友達のような関係であったのならば忘れることはなかっただろう。だから正史では面識はなかったことが容易に想像がついた。


 だけど、チラッと金山の携帯の待ち受け画面に写った人物を見て、僕は全てを思い出した。


 忘れても無理はない。だって、正史では話したことはおろか、直接会ったことさえなかったのだから。


 写真で『これが俺の彼女なんだ』と紹介されただけだったから。


 そう、彼女、金山珠奈は楠本久志が高校時代に付き合っていた女性だ……

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