第10話 予期せぬ来訪者
本物の高校生に混じってやっていくことに不安はあったものの、2,3日過ごしてきたことでこの時代にもようやく慣れてきた。
もちろん勉強の方も問題なくやれていた。基礎的な部分はほとんど忘れていなかったし、勉強し直したことである程度の内容は思い出すことができた。
久志も初めは勉強をすることに嫌悪感を抱いていたようだが、だいぶ自主的に勉強してくれるようになった。この集中力が最後まで持てばいいけど。
今日はこの時代に来て初めての休日。学校がない分、久志の勉強に思いっきり時間を充てられる! と意気込んでいたのだが、久志は休日まで勉強を教わるのは悪いと自分の家で勉強すると言ってきた。
どうやら、昨日渡したスケジュール通りに自分で勉強をしてみるらしい。僕としては他にやることもなかったし構わなかったのだが、せっかくやる気を出してくれるのは良いことだ……
……ちゃんと、勉強してるよな? まさか一日勉強したくないから僕に悪いとか理由をつけて逃げたわけじゃないよな?
久志なら考えそうなことだけに、不安が頭を過る。これで遊び惚けて退学したとかになったら洒落にならないぞ。
でもまあ、一度ぐらいは信じてやってもいいか。それで月曜日にでもしっかり勉強してたかのチェックをして、万が一サボっていたようなことがあったら……
その時はこの部屋にでも監禁すればいいだけだしね。久志のことを信じてあげられる僕って優しいな。
昨日のうちに久志の分まで夜ご飯を作って置いたのに食べてもらえなくなったからと腹を立てているわけではないぞ。
とまあ、久志への対応は後日考えるとして、問題はこの休日はどう過ごすかだ。急に予定が無くなったものだからやることがない。
それに勉強にしたって、今の状態でも学年10位には間違いなく入ることができる。配点の高い問題を覚えてしまっているのはやはり大きなアドバンテージだ。
やろうと思えばもう少し高い順位も狙うことができるかもしれないが、実際そこまで求めていない。
自分の人生が大事だとはいえ、他のクラスメイトの進路に影響を及ぼしてしまうことはあまりしたくはない。
だから推薦で行く大学も誰も選ばなかったところにするつもりだ。それでも正史とは大きく異なるから僕にとっても大きなメリットになる。
一方でもし高すぎる順位を取ってしまえば鶴井の目に留まる可能性は出てくる。それならばちょうど目に留まらなく、それでいて目指す大学の推薦が狙える学年10位を取ることがちょうどいいバランスだ。
というわけでこれ以上テスト対策はする必要はない。せっかくの休日だ、時間もあることだし、金山からオススメされた本でも読むとしよう。
昨日と一昨日で2冊読んだが、オススメ通りとても面白い作品であった。残りの3冊にも期待が高まってきた。
本を読み始めて1時間ぐらいが経った頃だろうか、
『ピンポーン』
と、チャイムの音が部屋に鳴り響いた。
何か注文した覚えはないはず。そうなると久志であろうか。ただ久志であれば先に連絡を入れてきそうなものではあるが……そう考えながら僕は玄関を開けた。
「やっほ~、内海くん」
訪ねてきた人物があまりにも予想外であっただけに理解が追い付かなかった。
何故この子はここにいるのだろうか。僕の家に訪ねて来ていたのは、長嶺結夏であった。
「どうしてここに?」
まだこの時代の長嶺とは席が隣で、日直で一度だけ一緒にやったぐらいだし、親しい関係までには至っていないはずだが。その彼女がどうして僕の家にまで訪ねてきたのか理由がまるで分からない。
僕が戸惑っていることを感じ取ったのだろう。疑問の答えを示すかのように、長嶺はバッグの中から一冊のノートを取り出した。
「ごめんね、内海くんのノート間違って持って帰っちゃったみたい」
差し出されたノートを見れば間違いなく僕の日本史のノートであった。確かに、家へ帰ってきてからノートがないことには気づいていたが、
「別にわざわざ休みの日に届けなくても良かったのに」
どうせ明後日になれば学校へ行く。その時に渡してくれても問題はなかった。
「それも考えたんだけどね。テストも近いから早い方が良いかなって」
正史の長嶺も1年生の頃から僕が上位に名前を連ねていることを知っていた。だからこそノートを早く届けないといけない、そういった考えが浮かんだのだろう。
ノートが無くて勉強できなかったと恨まれたりしたら困るというのも理由の一つかもしれない。僕はそれぐらいのことでは怒りはしないが、もし試験に力を入れている生徒だったとしたら問題になりかねないからな。
『お前のせいで上位に入れなった』『退学になった』なんて文句を言われたときのめんどくささに比べたら早くノートを返すのが正解なのかもしれない。
「わざわざありがとうね」
僕は差し出されたノートを受け取る。ん?
「ちょっと待って」
「どうしたの?」
「いや、何で僕の家を知ってるの?」
あまりにも自然にしているもんだから、危うく見過ごすところだった。この時代の長嶺には僕の家なんて教えていないし、どうしてここにいるのかがまるで分からない。
「ん~? ああそうだよね。いきなり来たらびっくりしちゃうよね!」
「うん、僕の家を知ってるのってそんなにいないはずだから」
僕がそのようにいうと、長嶺は笑いながら答えた。
「私もねそれで困ったんだ。どうしようかなって思ってたら偶々、商店街で楠本くんに会ってね、それで理由を話して教えてもらったんだ」
久志が商店街に? 今日は家で勉強してると言っていたんだがな。勉強にでも疲れて散歩していたんだろうか。逆にそうじゃなかったとしたらどうしてくれようか……
「どうしたの内海くん? 顔なんだか少し怖いよ?」
「ごめんごめん、久志が勉強をサボってる疑惑が浮上したから、問い詰めが必要だなって思っただけだよ」
「それは楠本くんに悪いことをしちゃったかな……」
「いいんだよ長嶺さんは。ただ僕の家の場所を聞いただけなんだから」
そのことはあとで問い詰めるとして、もう一つ久志には言っておきたいことができた。長嶺に僕の家の住所を教えたなら一言ぐらい連絡をしてくれよ。
RIMEなりで連絡しておいてくれたらこっちも心の準備というものが出来ていたというのに。
「ごめんね、急に来ちゃって……今忙しかった?」
「いや、本読んでいただけだから忙しくはなかったかな」
「ほんとは先に連絡できれば良かったんだけど、内海くんの連絡先知らなくて……」
「あ~」
言われてみれば交換していなかったな。こっちだけ記憶を引き継いじゃってるものだから、誰の連絡先を持っていて、持っていないのかが分からないな。後で確認しといた方が良いかもしれない。
「だからさ、これを機に連絡先教えてくれない?」
今後もこういった不測な事態が起こるかもしれないし、長嶺と連絡を渡すことに不都合なことはないだろう。実際正史でも交換していたわけだし。
「うん、僕は良いよ」
「ありがとう」
僕の連絡先に新しくまた女子が1人追加された。とは言っても2人目だけど。
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