第11話 手料理を食べたい①

 ふと、長嶺の私服が目に入った。


 休日なのだから普段見ている格好とは違うのだが、それでも気合いの入ったような服装な気がする。記憶が曖昧なせいで覚えてはいないが、この格好はどこかで見たことがあるような気もする。


 ノートを届けるためだけにはおしゃれはしないだろうし、この後どこかへ行くつもりだったのだろうか。


「あのさ……」


 そんな風に考えを巡らせていると、長嶺から思わぬ言葉が飛び出した。


「ねえ、良かったらなんだけど、あたしに勉強教えてくれない?」

「えっ、僕が?」


 あまりにも予想していなかったお願いをしてきた長嶺に驚いてしまう。


「ダメかな?」

「別に僕は良いけど、どうせなら異性の僕よりも他の女の子に教えてもらった方が良いんじゃないの? 例えば……鶴井さんとか」


 前に勉強を見てほしいと言われたが、その時は単なる冗談みたいなものだと思っていた。それに関わりの少ない僕に教わるよりも学年一位の鶴井から教わった方が絶対に良いと思うが……


「沙織ちゃんも頭は良いんだけどね……、教わるとなるとまた違うんだよね。頭が良すぎて何を言ってるのか分からないんだぁ~」

「あ~なるほど」


 確かに頭が良いからと言って教えるのが上手とは限らないという話は聞いたことがある。


 頭が良すぎるがゆえに、相手がどこを理解できていないのか分からない。そういったこともあり得るそうだ。


 僕自身、鶴井と話していて何を言っているのか分からないときがあった。話を合わせられるようにたくさん勉強したのが懐かしいことだ。


「だからさ、内海くんも頭が良いから教わりたいな~って思ったんだけど……」


 断ってもいいのだが、別に断る理由もない。ここで長嶺に勉強を教えたところで僕に不利益が被るわけでもないしな。


「長嶺さんがそうしたいなら僕は構わないよ」

「本当⁉ ありがとう」


 嬉しそうにお礼を言う長嶺に一瞬ドキッとしてしまった。長嶺に悟られないよう意識を対話の方に向ける。


「それじゃあ、どこで勉強しようか?」


 土曜日であるので学校も空いてはいるのだが、わざわざ制服に着替えるのは面倒だ。それなら少し時間はかかるが図書館だろうか。


 夕才高校以外の図書館も近くにあるし、あそこなら十分スペースもあるので静かに使う分には問題はないはずだ。


「図書館で良い?」


 そう場所を提示した僕だったが、長嶺は横に首を振った。長嶺的にはどうやら不満らしい。


「そしたら、他にどこか良い場所ある?」

「内海くんの家じゃダメなの?」

「え?」


 女の子1人を家に入れるのは問題だと思って真っ先に選択肢から消していたのだが、長嶺はその選択肢を選んできた。


「もちろん、内海くんが嫌なら遠慮しておくんだけど……。ただ図書館だと静かにしないといけないから声を小さくしないといけないし、そしたら勉強を見てもらうのが難しいかなって」


 長嶺はあくまでも勉強の効率を考えて僕の家を選んだらしい。ただそれでも男の家に入るという抵抗感というものはないのだろうか。


「長嶺さんがいいなら僕は大丈夫だよ」


 もともと、久志が家に来ると思って部屋は綺麗にしていたから、わざわざ今から掃除するといった必要もない。


 長嶺が僕の家を望むのならば断わる必要はないだろう。


「じゃあ、遠慮なく。お邪魔しま~す」


 人生やり直したら同級生が家に来た件。


     *


 僕の家に女の子がいる。そういった状況に少し困惑しながらも長嶺にお茶を出した。


 冷静になって思い返してみれば、長嶺が家に来ることは初めてなことではなかった。もちろんこの時代に来てからは初めてのことだけど。


 正史では一度だけ、長嶺は僕の家に訪ねに来ている。それは僕が鶴井にフラれて数日経った頃だった。


 ただ、鶴井に振られたことがショックで長嶺が何をしに家に来たのか、そして家で何をしたのか全く覚えていない。それにその出来事を今の今まですっかり忘れていた。


 その後も長嶺とは普通に接していたし、大きな問題はなかったのだとは思う。逆に何かあったとしたらまずい。


 それはそうと、僕の家に異性を上げたのはそれ以来だったので、緊張していることには変わりない。


「それで、何の勉強を見てほしい感じ?」


 今更何を考えようと無駄なことであるので、目の前のことに集中することにする。変なことを考えていたら真面目に勉強しに来た長嶺に悪いからな。


「じゃあ、まずは数学からお願い」


 その後、数時間勉強と見ていたが、久志とは違って凄い集中力であった。1つ教えるとすぐに理解し、練習問題などもすんなり解いていった。


 予想通り、勉強の仕方さえ分かれば高い点数を取ることも可能なのだろう。教えるのが上手い家庭教師などが長嶺に教えれば学年トップ5に入ることも夢ではないような気がしてしまう。


 適度に休憩を挟み、昼頃から始めていた勉強会はいつの間にか5時を過ぎていた。


「お疲れ様。今日はこれぐらいでいいんじゃないかな?」

「ありがとう内海くん。おかげで今度のテスト良い点取れそう」


 満足そうな笑みを浮かべる長嶺。それを見て僕も勉強を教えて良かったと感じる。ちょっとした役得だな。久志に教えるのとでは全く違う。


「役に立てたようで良かったよ」


 それはそうと長嶺の出来を見て、僕も少しばかり高い点数を取る必要がありそうだ。


 予想以上に長嶺の地頭は良かった。確実に今回のテストで上位に食い込んでくるだろう。


 目標は変わらず10位だが、長嶺が上位に名前を連ねると仮定して、9位を目指すことがいいのかもしれない。

 

「それじゃあ、さっそく……」


 長嶺は持ってきていたバッグの中からエプロンを取り出した。


「どうしたの? エプロンなんか取り出して……」

「勉強見てもらった代わりにご飯作ってあげようかなって思って」

「いや、悪いよそんなの」

「いいからいいから、同級生の手料理食べる機会なんてそうそうあるものじゃないんだから、遠慮したらもったいないよ」


 そう言われればそうなんだけれども。女子の手料理なんて食べたことはないけども。


「分かった。せっかくだし、お願いしようかな」

「うん、任せて!」


 僕、この子より年上だよな? 今は年齢は一緒かもしれないけど、過去に戻ってきたわけだから6歳分違うはずなんだけどな。どう考えても先程から主導権は長嶺に握られているような気がする。


「料理をするのは大変かもしれないけど、男子高校生は今が育ち盛りなんだから偏った食事なんてしちゃだめだよ」


 いや全然、むしろ料理は好きな方でした。


「どうせ偏った食事をしてるんでしょ? ここはあたしの料理を食べてその食習慣なんて変えちゃうよ」


 いえ、普通にここ数年は手料理が中心ですけど。確かに高校時代は偏った食事ばかりでしたが、今は違いますよ。


「そうだね、長嶺さんの料理楽しみだなー」


 訂正するのも面倒なのでその場の雰囲気に流されることにした。


「じゃあ、何を作るか決めたいから冷蔵庫見てもいい?」

「うん、いいよ」

「まぁ、普段料理なんてしないから大したものは入ってないと思うけどね」


 そうそう普段料理しないから……、ん? あ、やばい


「ちょっと待っ」

「材料も買いに行く必要もありそうだね」


 僕の制止の言葉など楽しそうに冷蔵庫を開けようとしている長嶺の耳には届かなかったようで……、


「え?」


 一瞬にして長嶺から笑顔が消えた。そしてダラダラと汗を流し始め、


「すみませんでした」


 その場で勢いよく頭を下げた。

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