第12話 手料理を食べたい②

「いや、僕も黙ってたのが悪いし……」


 長嶺が見たもの、つまり冷蔵庫に入っていたのは、昨日のうちに作り置きしていた夕食だった。


 その存在をすっかり忘れていた。勝手に僕が料理をしないと決めつけていただけに、長嶺は気まずそうにしていた。


「……まで……料理……してな……のに……」


 ぼそぼそと何かを呟いているようだが、すべてを聞き取ることはできなかった。多分、僕が料理をしているなんて夢にも思わなかったんだろう。


「ねえ、2人分料理があるのはどうして?」

「ああ、今日久志が来ると思ってたからな、多めに作っておいたんだ。まあ、来なかったから捨てるのももったいないし、無理して食べるつもりだったけど」

「じゃあ、あたしが食べてもいい?」

「いいけど」


 冷蔵庫に入れていた夕食をレンジで温めて、長嶺に差し出した。まさか、料理を振る舞ってもらうはずが、僕の料理を長嶺が食べることになるなんて……


 しかも、作り置きしていたやつ。どうせなら出来立てを食べてもらいたかった。僕の手料理を食べたことがあるのは久志だけなので感想が気になるところ。


「いただきます……」


 僕の料理が長嶺の口に運ばれる。


「……」


 長嶺の手がピタリと止まった。長嶺の顔は複雑そうな顔をしているので、余計に不安になってしまう。


「おいしくなかった?」

「おいしい……」

「良かった」


 手料理を食べて微妙な顔をするから口に合わなかったのかと心配になったがそうではなかったようで一安心。


「でも、おいしいならどうしてそんな不満げな顔なの?」

「だって、たぶんあたしの手料理よりもおいしいと思うから……」


 そういうものなのか? 美味しいならそれで良いと思うのだが、長嶺的には納得がいっていないらしい。


「ごちそうさまでした」


 長嶺は米一粒残さず食べきった。そして不思議そうに僕の方を見てきた。


「内海くんの作った料理、凄く美味しかった」

「それはどうも」

「自分で料理を作り始めたのっていつぐらいから?」


 自炊し始めたのが大学生になってからだったから、


「4年前ぐらい……」

「え、4年前って、中学生の頃からずっと作ってるの?」


 あっ、やばい。何も考えずに答えてしまった。


「えっと、中学生の時は時々手伝ったりしたぐらいだけ……、高校生になってから多く作るようになったかな。1人暮らしだからっていうのもあるけど、自分で作るのが楽しくなっちゃって」


 つい口を滑らせてしまったので、それらしい理由をつけて説明した。誤魔化せたかな?


「……っ、凄いね。そんなに早くから作るようになってたら私より上手くなるよね。私なんて、去年の冬からだから全然まだまだだね」


 いや、全然長嶺の方が凄いけど。本当は今から2年後に作り始めたんだから。高校生なんてコンビニ弁当とか、総菜とかで済ませてたよ。


「でも僕、長嶺さんの料理食べてみたかったな……」


 ふと心の声が漏れた。女子の手料理というものに期待していたのに、結局食べれなかったからな。


「え? あたしの料理、内海くんより全然下手だよ?」

「そんなの関係ないよ。だって、それは長嶺さんの感想なだけであって、僕の感想じゃない。実際に食べてみないとどっちが美味しいかなんて分からないじゃん」


 料理に上手い下手なんてあまり関係がないと僕は思う。確かに食べれないレベルのものが出されたら困るが、そうでなければ問題はない。よく料理は相手のことを想って作るのが大事だと言うが、それはこの一週間で改めて感じた。


 自分一人が食べるために作った料理よりも、2,3日久志も食べると思って作った料理の方が今まで食べてきたものよりもおいしく感じた。まぁ、それが久志だというのは少し釈然としないけど。


「それにさ、長嶺さんが料理作ってくれるって言ってくれたの凄く嬉しかったんだよ。長嶺さんが僕のためだけに料理を作ってくれるんだもん、美味しくないわけないじゃん」

「……」


 勢い余って少し恥ずかしいこと言ってしまった。ほら、長嶺も顔が少し赤くなってる。今すぐ時計を使って時間を巻き戻したい。


「変わらないね」


 長嶺はクスっと笑ってそう呟いた。


「変わらない?」

「ううん、なんでもこっちの話。それよりも、あたしの料理を食べたいって言ったよね?」

「うん。それはもちろん」


 そこに嘘の気持ちはない。もっと早く気付いていれば自分の料理を隠せばよかったと思っていたぐらいだから。


 長嶺はふと携帯に一目やったあと、おもむろに立ち上がった。


「じゃあ、今度作ってくるね。今日はもう時間がないからね」


 さすがにこれ以上、女子高生の帰りが遅くなるのは家族が心配するか。ましてや男子の家だし。


「それじゃあ、送って帰るよ」


 だいぶ辺りも暗くなってくる時間だ。夜道を一人で歩かせるのは危ないだろう。


「あ、それは大丈夫だよ。家近いし」

「それでも危なくない?」


 たとえ5分だといってもその5分の間に危険な目に遭わないとは限らない。それに僕の家から帰る途中で長嶺に何かあったら、僕は間違いなく後悔するだろう。


「あ、えっとね。実は下に迎えが来ててね」

「迎え?」

「うん、……あたしのお父さん」


 ん、お父さん? 確かに迎えとしては安全だな……


「お父さんは、僕の家に来ることは知ってるのかな?」

「何を言ってるの、そりゃもちろんだよ。ちゃんと場所教えてなきゃ迎えに来れないじゃない」

「そう、ですね」


 大丈夫かな。僕、長嶺の父に敵認定されてないよね? 住所まで知られてるのは怖さしか感じないんですけど。


 これは無駄話なんかしてないでさっさとお帰した方が良さそうだな。


「なんならお父さんに会っていく?」

「遠慮しておきます」


 僕は食い気味に答えた。名前と住所まで知られてる。さすがに顔まで知られるのはまずい。


「ふふふ、そうだよね。今日は勉強見てくれてありがとうね。あ、夜ご飯もありがとう」

「こっちも楽しかったから、また何かあれば遠慮なく連絡してね」

「うん、じゃあ、また学校でね」


 玄関で長嶺を見送って少しした後、僕はベランダから下を覗いた。アパートの出口の側にはスーツを着た40代ぐらいの見た目の男性が一人立っていた。あの人が長嶺の父親だろうか。どこかでみたことがあるような気もするが、気のせいだろう。


 その後、長嶺がその男性に駆け寄り一緒に帰っていったので間違いなく、長嶺の父親だろう。


 父親がこちらに気づいて睨んでいるような気もしたが、たぶん問題はないだろう。


 ……大丈夫だよな。

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