第15話 予定が狂った

 何が一体どうなっている?


 何故鶴井は僕に話しかけているんだ。順位もできるだけ目立たないようにしたし、なにより数学だって大人しく1位を譲った。


 鶴井の目に留まるようなことは一切していないはずだ。それに何で僕に怒っているんだ? 手を抜いただって?


「鶴井さんだよね? 手を抜いたってどういうことかな?」

「……数学。本当はもっと高い点数取れたんじゃないんですか?」


 まさか、僕がわざと点数を低くしたことを見抜いているのか? 本来であれば今回のテスト僕は100点を、鶴井は98点を取っていた。そして今回、僕は90点を取った。その結果鶴井は全教科学年1位を取ることとなった。


 確かに手を抜いたことには変わりないが、90点でも十分高い点数だ。それなのに、手を抜いたと詰めかかってくるのは、何かしら理由があるのだろうか。


「どうして僕がもっと点数を取れると思ってるのかな? 鶴井さんとは今日初めて話すと思うから僕が数学が得意だってことは知らないと思うんだけど」

「……結ちゃんから聞いたんですよ」

「結ちゃんって長嶺さんのこと?」

「そうです。内海さん、結ちゃんに勉強を教えたんですよね?」

「確かに教えたけど?」


 長嶺に勉強を教えたことと何か関係があるのか? 


「結ちゃんから内海さんが勉強ができるって聞いていたんです」

「はぁ……、それで?」

「結ちゃんに勉強を教えていた人が、なんで結ちゃんより順位が低いんですか?」

「長嶺さんの要領が良かっただけだよ。僕が少し教えただけでもすぐに理解した。それに努力家だったしね」


 このことに関しては全く嘘をついていない。実際長嶺は教えたことをすぐに覚えていたし、毎日朝早く来て勉強していたんだから立派だ。


「それにね、鶴井さん。この学校の特典はちゃんと理解しているんだよ。それなのに、手を抜くメリットが僕にあると思う?」

「そう言われればそうですけれど」


 こう言ってしまえば、鶴井は何も言い返せないだろう。鶴井だって、この学校の特典を活かして大学に進学できたのだから、高い順位を取るメリットを理解しているはずだ。


 もしそれなのにわざと手を抜くことがあれば、そもそも特典に興味を持っていないか、誰かの順位を上げさせるぐらいだろう。自分の順位が下がるだけで、他の人の順位は1つ上がるからな。


「もう良いかな鶴井さん。これ以上何か言われても僕は手なんか抜いてないし、もし抜いていたとしても証拠なんてないから、意味なんてないと思うよ」


 できるだけ早く鶴井との会話を終えたい。でなければ、僕の必死に隠している感情が顔に出てしまうかもしれない。


 あれから何年も経っているとはいえ、好きだった人には変わりないわけだし、こうしてまっすぐな目を向けられているだけでも、逸らしたくなってしまう。


 ああ、やっぱりダメだな。こうして鶴井に怒りを向けられている状態だと言うのに、僕の心は違う感情を抱いてしまっている。僕はまだ鶴井のことが好きなのだろうと。


 このまま正史と同じように関わり続ければ、感情を抑えきれなくなって、同じ道を辿ることになる。だから、やはりここで鶴井に僕への興味を失せてもらう必要がありそうだ。


「それにね、僕なんかが本気を出したところで鶴井さんには勝てっこないよ。だから僕なんかに構うより、自分の時間を大切にした方が良いよ」


 これでいい。これでいいんだ。こうすれば鶴井は僕から興味を失せる。短い期間だったけど、一緒に居た時間があるから、キミの性格は理解できてる。自分より下の人間は見ない、常に上だけを見続ける。それが鶴井沙織という女性だ。


 だからさようなら、鶴井。僕の初恋の人。これでようやく過去のしがらみから


「僕、なんかが?」


 決別―――、あれ? なんか地雷踏んだ? 先程までの怒りの感情がさらに増した。もはや殺気だ。


「内海恭也さん」

「はい‼‼」


 もうマジで目が怖い。年下とは思えないぐらい目が鋭い。高校生がしちゃいけないような目だよ。


「次のテスト……なので2学期の中間テスト、私と勝負をしましょう」

「はい?」


 今、なんていった? 僕が鶴井とテストで勝負?


「いやいや、さっきも言ったけど、勝てるわけないって。それに僕がその提案を受け入れるメリットなんてないじゃん」

「もし、内海さんが私に勝てなら1つなんでもお願いを聞いてあげます」

「え、それって」

「何を考えてるんですか、もちろん常識の範囲内でですよ」

「まだ何も言ってないよ」


 勝手に話を進める鶴井に僕は思考する暇などなかった。というか、鶴井ってこんなキャラだっけ? もっと人に無関心かと思っていたけど。


「分かりましたね。次の中間が勝負ですからね。ちなみに手を抜いたら、期末でも勝負しますし、私のお願いも聞いてもらいますからね」


 それじゃあ、逃げ道ないじゃん。


「では、私はこれで」

「え、ちょっと待って」


 鶴井はそのままスタスタと教室から出て行った。まったく話を聞いてもらえなかった。


 ポツンとその場に立ち尽くしている僕を他所に、今の一件を見ていた他のクラスメイト達は盛り上がっていた。


『あの鶴井が内海に宣戦布告⁉』

『アイツ終わったな……』

『い~な、オレ変わって欲しいわ』


 せっかく狙い通りの順位を取れたっていうのに、なんだよこの結果は……。ほんとにどうすれば良いんだよ。この世界、僕が知ってる過去とだいぶ違ってないか。予定が狂いまくってるよ。


 思い通りにいかず、泣け叫びたいところだが、タイムリープのことを知っているのは久志だけなので、心の中だけでなんとか抑えた。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 鶴井が勝手に暴れ出した……、この先どうなるんだ?(どうしよう) 

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