第7話 日直で新たな一面を

 この時代に来て1日が過ぎた。


 昨日までの出来事は本当は全て夢で、目が覚めたら元の時代に戻っているんじゃないかと思ったが、どうやらそういったことはないらしい。


 久志の言う通り一度この時代に来てしまったら元の時代に戻れないというのは本当の話かもしれないな。


 僕を巻き込んだ張本人である久志はというと、ペンを握ったままぐっすりと眠っている。昨晩一緒に勉強していたのだが、少し眠ると言ってそのまま起きることはなかった。


「じゃあ、久志。僕はもう行くから遅刻するなよ」


 眠っている久志を叩き起こし、僕は家を出た。久志と一緒に家を出ないのは、めんどくさいことに今日は日直当番になっているからだ。


 他の生徒たちよりも早めに来て、準備をする必要がある。日直の主な仕事としては、黒板の掃除、日直日誌、プリントなどの配布や回収などがある。


 朝のうちに黒板を綺麗にし、配布物などがあれば朝のうちに取りに行く。そして委員会の呼び出しとかが書かれたプリントがクラスごとの配布ボックスに置かれていたら、それを持ってくる必要がある。


 委員会と言えば、この高校にもしっかり存在はしている。存在しているはいるものの、そこまで種類も多くなく、少数の人数しか委員会に所属しない。


 その理由としてはこの高校は退学者が多いために、委員会に所属した生徒が退学すると残った生徒で穴埋めをしないといけなくなる。できるだけ委員会に入る人の負担を減らそうという学校側の判断らしい。


 それにより、委員会に入る生徒はほぼ優秀な生徒ばかり。委員会に入れば内申点も稼げるため、優秀な進学先を得たい生徒たちからは人気もある。


 内申点と言えば、一番人気があるのはやはり生徒会だろう。12月に生徒会選挙が行われるため、そろそろ立候補に向けて準備を始めてくる頃だろう。


 大体2年生の修学旅行が終わった頃から立候補者が発表され、当選に向け演説を行ったりしている。あと、応援演説を誰にするかを選挙管理委員会に提出するのもその頃のはずだ。


 正史では僕たち2年生からは4人、そして1年生からは2人選ばれていたはずだ。もちろん2年生のうちの1人は鶴井であった。本人としてはやる気はなかったみたいだが、他の生徒たちからの期待の声もあり、なくなく了承したらしい。


 まあ、僕たちにはあまり関係のない話だ。推薦が欲しいとはいえ、僕の場合は委員会による内申なんて必要ないし、久志に至ってはそんなことをしている暇があったら正直勉強してほしいぐらいだ。


 委員会に時間を取られて退学しましたなんて洒落にならないからな……


     *


 教室へ着くと、教室の明かりがすでについていて、中からガタゴトと音が聞こえた。日直当番のために朝早く学校へ来たのだが、どうやら先客がいたようだ。もしかすれば、もう1人の日直だろうか。豪く早いな。


「おはよう、内海くん」

「あれ、何で長嶺さんが?」


 僕のペアは榎原のはずだが、何故か教室にいたのは長嶺で、その手には黒板消しが握られていた。ちょうど黒板を綺麗にしているところだった。


「えっとね、さっき榎原さんから連絡が来て、学校休むから日直当番代わって欲しいって頼まれたんだ」

「そうだったんだ。でも急に朝早く来るのっては大変だったんじゃない?」


 今日は日直のためにいつもより30分早く家を出た。だからもし急に代わってと言われれば、僕なら慌てて準備をする必要があっただろう。


「ううん、そうでもないよ。あたしって普段からこの時間に来て勉強したりしてたから、平気なんだよね」


 自主的に朝から勉強しているなんて偉いな。久志にも見習ってほしい。


「随分勉強熱心なんだね」

「うん、あたしはバカだからね。少しでも勉強しとかないと……」


 そんな風に長嶺が考えているのは少し意外だった。正史ではあまり将来のことを気にせず高校生活を楽しんでいるように見えていたから。今回のように体育祭より前に知り合っていればこんな一面も見れていたのか。


「ごめんね、先にやらせちゃって」

「ううん、今始めたばかりだから」


 そうは言ってくれてはいるものの、黒板は半分近く綺麗になっているので、もう少し早い時間から始めていたことが簡単に想像がつく。今の時刻は7時45分。一体、長嶺は何時に学校に来ていたんだか。


「じゃあ、僕は日直日誌とプリント取ってくるね」

「うん、よろしく」


 途中までやってくれている黒板掃除をそのまま長嶺にお願いし、僕は職員室にある配布ボックスから2種類のプリントと日直日誌を取り、教室へ戻ってきた。


「たくさんあったみたいだね。ところでそのプリントって何のやつ?」


 長嶺はどうやら僕が持ってきたプリントの内容が気になったらしく、何のプリントなのか聞いてきた。


「2枚とも体育祭のやつだね」


 1枚目には『体育祭のプログラム』と書かれていて、2年生の出場種目に◯がつけられていた。


 2枚目は、クラス全員に配るアンケートのようで、どの種目に参加したいか意見を募るものであった。


 そのアンケートの提出の締切は今日中という考える時間があまり与えられていないものだった。


「ずいぶん、急がせるんだね」

「う~ん、体育祭が始まるまでそんなに時間がないからなのかもね」


 体育祭は期末テストの2週間後に行われる。体育祭まで4週間程度あるとはいえ、練習ができるようになるのは期末テストが終わってから。


 だから体育祭委員としてはテスト前にはクラスの個人種目を確定しておきたいのだろう。


「種目も前と変わらないから、みんなもう考えてるでしょっていうのもあるのかもしれないね」


 体育祭の種目は毎年同じようなもので、大きく変わるようなことはほとんどない。現に正史では3年間、競技が変更されたことはなかったはずだ。


 日直の仕事も大方終わったので、長嶺と共にプログラムを開き競技を確認した。


 2年生の出場種目は、まず全員参加なのが、全員リレーと綱引き。そして、もう1種目参加する必要があり、以下の4種目の中から1つ選ぶことになる。


 ①選抜リレー 参加人数8人〈男女各4人〉

 ・第1走者から第4走者までは女子で1人100m

 ・第5走者から第8走者までは男子で1人200m


 ②100m走 参加人数10人〈男女各5人〉

 ・男女それぞれ5レースずつ、計10レース行う。


 ③障害物競走 参加人数6人

 ・1周200mコースで、ハードル、網くぐり、麻袋、借り物競争を順番に行う。


 ④大縄跳び 参加人数16人

 ・回す人2人と、跳ぶ人14人の計16人で行う。

 ・5分間の中で最高連続回数が記録となる。

 ・制限時間の5分が過ぎていても跳び続けていれば、引っかかるまで計測は行う。


 と、丁寧に参加人数やルールが記載されていた。


「内海くんはどれに出るかもう決めてたりする?」

「う~ん、どうしようかな」


 正史では100m走に参加することが多かったが、あれは選抜リレーに選ばれなかった人たちが参加するので基本足が速い人ばかりだ。


 僕の足の速さというと、当時で100m13秒台であり微妙なラインだ。対戦相手によっては勝てるかもしれなかったが、正史では運悪く足が速い人ばかりと当たってしまい、毎年最下位を熾烈に争っていた。


 それに加えて僕はもう何年も運動していない。そもそも高校時代は部活に所属していなかったし、大学生になってからもサークルには所属することはなかった。


 頭の方は日頃から動かしていたから勉強の勘を取り戻すのにもそう時間はかからなさそうだが、運動となるとそうはいかないだろう。


「まあ、100mはまず出ないかな」


 最下位になることは目に見えているし、全員リレーを本気で走ることも考えれば、全員リレーの直近にある100mは出ない方がいいだろう。まず体力がもたないだろうし。


「じゃあ、大繩か障害物?」


 ただ大繩も5分間跳び続けるわけではないが、最後まで体力が持つかと言われると自信がない。


 それに自分一人が引っかかってし待った時には申し訳なさが出てしまうし、なによりそれに耐えきれないだろう。


「う~ん、この中からなら障害物かな。これなら足の速さだけでなく、運要素もあるから勝てる見込みがありそう」


 障害物競走であれば、足の速さだけでなく運も絡むし、勝負がどうなるかは最後まで分からない。それに何より大繩と違ってミスをしたとしても競技中にクラスメイトに迷惑は掛からない。


 負けた時の申し訳なさはあるだろうけど、大縄で足を引っ張るよりは幾分かマシだろう。それに障害物競走は比較的早い段階で行われるから、体を十分休めることが出来そうだし。


「長嶺さんはどうするの?」


 長嶺は足が速かったイメージがあるからやはり選抜リレーか100m走にでも出るのだろうか。当時はまだ親しい関係ではなかったから、長嶺が何に出たのか覚えてはいない。


「私も障害物かな」

「そうなの?」

「うん、だって楽しそうじゃない」


 純粋に競技の楽しさで選んだ長嶺。てっきり足の速さを活かす種目に出るかと思っていただけに少し意外だった。


「でももし、2種目出ることになったらもう1つは100mになるかもね」


 出場人数は1クラス40人で計算されているため何人かが2種目以上出ることが求められるし、この期末テストで新たに退学者が出ればその穴埋めもしなければならない。


 つまり、すでに何人かの生徒は2種目出ることがほぼ決まっているみたいなものだ。鶴井や長嶺、そして久志は間違いなく2種目出場となるだろうな。


「足には自身があるの?」


 僕には長嶺の足の速さは知っているわけだが、ここでは当然知らないふりをする。


「もちろんだよ。見ててね。私の走りを」


 得意げな顔をする長嶺に対し、期待しているねとだけ返しておいた。その後他の生徒が来るまで2人だけの世界かいわは続いた。


 体育祭ももちろん楽しみだがそれまでに僕にはやり遂げないといけないことが2つある。まずはそのことだけを考えるとしよう。

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