第6話 ミネサヴァ

 数年ぶりの高校生活が終わった日の放課後、久志は僕の部屋にやってくるなり、さっそくくつろいでいた。


「テスト範囲が発表されたけど、テストの内容って覚えていたりする?」


 久志が僕の家へとやってきている理由、それは席替えの後のHRで期末テストの範囲がまとめて発表されたからだ。


「恭也、オレを誰だと思ってるんだ? 覚えてるわけないだろう? 毎回、赤点回避だけを目標に勉強してただけなんだからな」

「それもそうか」


 はっきり言ってしまえば、テストの内容さえ覚えているのであれば勉強する必要はない。テストに出た問題の答えだけを思い出せばいいからな。


「そういう恭也は覚えていないのか?」

「僕も覚えてないな」

「だよな~」


 久志には悪いが、僕は嘘をついた。すべてとはいかないまでも、難易度が高く配点が高い問題はなんとなく覚えていたりする。


 簡単な問題は記憶にすら残らないが、解くのに時間がかかったり、思考を巡らせた問題って案外覚えているもんだ。


 この問題の答えを教えることは簡単なのだが、それでは久志のためにならない。


 基礎的な学力が身に付いていなければ、たとえ夕才高校を上位で卒業できたとしても大学で絶対についていけなくなる。だから、久志には勉強嫌いを克服してもらうことから始めるとしよう。


「ほら、早く勉強するよ」


 勉強したくないとだらけている久志を机の前に無理矢理座らせ、勉強道具を開かせる。


 まだ2週間以上あるとはいえ、期末テストは12教科もあるのだ。赤点回避の常連組だったことに加え、何年ものブランクのある久志に平均70点以上を取らせるのなら1日たりとも無駄することなどできない。


「まあそうだよな。そのためにこうして高校時代に戻ってきたわけだし……」


 なんとか就職先を見つけた僕とは違い、久志は就職活動に失敗している。ここで勉強しなければまた同じ未来へ辿るだけになる。


 その危機感を持っているからこそ、久志は真面目に勉強し始めた。


 さてと、僕も始めるとするか。久志ほどではないとはいえ、僕にもブランクはある。


 2,3日は高校の範囲の思い出しから始めることにする。


     *


「腹減った~」


 勉強にやる気になったとはいえ、どうやら食欲には勝てなかったらしい。初日から2時間ほど勉強に集中していただけマシな方か。


「じゃあ、何か作るから待っててくれ」

「大人しく待ってま~す」


 この時代に来てから買い物には行っていないが、何か家に食べ物はあるだろうか。


 淡い期待をしながら冷蔵庫を開けてみたが、大したものは入っていない。食材の買い出しに行く必要がありそうだ。


 買い出しぐらいなら久志に頼もうかと考えたのだが、何を買ったらいいか分からないと言って長引きそうになるのが目に見えていたので、僕が行くことにした。なので久志は留守番。


 その間、夕食は作ってやるからと言って適当に課題を出し、1人で勉強に取り組ませた。


 近くのスーパーマーケットで適当に野菜や安めのお肉を買って帰宅し、手早く野菜炒めを作った。


「いっただきま~す」


 なんで高校生に戻ってまで男に手料理を振る舞っているんだと、この状況にツッコミたくはなるが、おいしそうに食べてくれているのでまあよいだろう。


「それにしてもほんと料理上手くなったよな。昔はできなかったはずだろ?」

「まあ、大学生になってから自炊し始めたからね」


 高校時代はこのアパートで独り暮らしをしていたがゆえに、コンビニ弁当か外食で食事を済ませていた。


 そんな生活をしていた僕が、大学生から自炊し始めた理由は食費を節約するためだ。


 夕才高校の成績上位者には多くのメリットがあるがそれは大学への推薦だけではない。1度でも成績上位10位以内に入った生徒には学校が提携しているアパートの部屋が与えられる。


 家賃が浮いた分食費などに充てられていたが、夕才高校を卒業すれば家賃は普通にかかってしまうため、自炊をすることで食費を節約することにした。


「これでお酒もあったら最高なんだけどな……」

「未成年になったからね。そこは我慢しないと」

「強制的な禁酒になったな……これは」


 体の仕組みはどうなっているのかは分からないが、見た目的に買うことはまずできないだろうし、高校側に見つかったりしたら推薦も取れなくなるはずだ。それどころか、一発で退学案件だ。


 酒が好きな久志にとっては辛いことだろうが、これも将来良い仕事に就くためだ、諦めてもらうしかない。


 食事を終え、少しばかり休憩を挟んだ時、僕は今日感じた違和感について尋ねることにした。


「あのさ、あの機械を使って僕たちはこの時代にやってきたわけじゃん?」

「あの機械? ああ、“ミネサヴァ”のことか」

「なにそれ?」


 聞き覚えのない単語が久志の口から飛び出す。


「何って、あのタイムリープに使った機械のことだよ」

「へ~、名前なんてあったんだな」

「まあ、貰った時に言われただけだから名前の由来とかは分からないけどな。それで“ミネサヴァ”がどうかしたのか?」

「いやさ、その“ミネサヴァ”? を久志が使ったときのことを思い出したんだけどさ、あの時日付を設定してたなかった?」


 記憶が正しければ、あの時の久志は僕に過去に戻る時間は高校2年生でいいか聞いた後に、6月15日と設定していたような気がする。


「ああ、それがどうかしたのか?」

「うん、なんで久志はその日にしたのかなって思ったんだ」

「どういうことだ?」


 僕の質問の意図がまるで分からないといった風に首を傾げる久志。ただ僕には気になることが1つあった。もし、僕が久志の立場であったのならば絶対にこの時期にタイムリープなどしなかっただろう。


「もし、僕が細かい日付まで選べるんだったらこの時期にはしなかった。だってメリットが少ないもん」

「そうか?」

「うん、だって久志の成績を考えたのなら1年生から始めた方が良かったはず」


 何度も言うようだが、この高校で恩恵を受けられるのは上位の人たちだけ。当時の久志の成績はビリから数えた方が早い。それは1年生の頃からもそうだ。


 だったら1年生からやり直した方が当時の負債を考えなくて済んだはずだ。この時期から始めたせいで久志は上位の成績を修め続けなければならなくなった。


「そうかな? 俺は少なくともそうは考えなかったからな」

「久志にとってはデメリットではないってことか?」

「そうだ、2年生でも十分巻き返せると思ったからな。それにもう3年も授業を受けたくない」


 どんだけ授業を受けるのが嫌なのだろうか。それにしても随分見通しが甘いものだ。


「十分巻き返せるねえ……、ということは僕の助けもいらない感じかな」

「違う違う!! 今のは少し調子に乗っただけだ。恭也がいるから2年生からで大丈夫だと思ったんだ。だから協力してくれないとオレは本当に困ることになる」


 必死に懇願する久志。まあ、久志は僕に勉強を見てもらうことをあてにして、僕を巻き込んだみたいだからな。


「分かったから。その代わり勉強頑張るんだぞ」

「それはもちろんだ」

「じゃあ、これ食べ終わったらまた勉強だからな」

「今日はもう休ませてくれ~」


 赤点回避組が学年100位以内を取るのであればそんなことも言ってられない。この後、嫌がる久志を無理矢理机の前に座らせ、勉強会は夜遅くまで続いた。


 “ミネサヴァ”―――タイムリープに使ったと思われるアナログ時計のようなものはというと、すでに壊れてしまっていた。


 どうやらその効果は1度きりだったようだ。ということまたやり直したい、もしくはこれ以上過去に戻りたいと思ってもこの時計では無理なのだろう。


 だからこそ、僕たちはもう失敗することが許されない。

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