第3話 タイムリープ

―――6月15日


「で、どういうことなのか説明してもらおうか」


 夕才高校の制服を着て少し若返った久志は今、僕に対して土下座をしている。


 この場所は、かつて僕の家だった、いや今は僕の家であっているのか。なんかややこしいな。


 目を覚ました僕はまずこの状況に驚いた。目が覚めて初めに見えた天井は普段見ていたものと違っていたし、何よりこの家は夕才高校に通っていた時に借りていたアパートであった。


 そして鏡を見てみれば僕の顔は若返っていた。落ちていた視力もすっかり取り戻し、コンタクト無しでも遠くのものをはっきりと見ることができた。


 おかしな状況に困惑した僕は持っていた携帯で日時を確認した。すると、あろうことか高校2年生の時に時間が巻き戻っていた。


 夢かと思い、頬を引っ張ってみたが覚める気配もない。そして昨晩の出来事を思い起こすことにした。


 その時、久志が「やり直す」的なことを言っていたことを思い出して、久志を呼び出すとすぐに土下座をしてきたというわけだ。


「なんで、僕たちは高校2年生に戻ってるんだ?」

「それは話が長くなるというか……」

「簡潔に話せ」

「はい……」


 久志の話を簡単にまとめれば、僕が泥酔している間に怪しげな6、70歳ぐらいの見た目の老人から『過去に戻れる時計』というものを貰ったらしい。


 胡散臭い話だと思ったみたいだが、冗談半分で動かしてみたら本当にタイムリープしてしまったらしい。


 よくまぁ、そんな怪しい人から貰ったものを簡単に使おうと思えるな。少しは警戒したらどうなのだろうか。


 それでも、実際にこうしてタイムリープできているのだから久志には良いことだったとは思うが、


「それでどうして僕まで?」


 動かしたのが久志ならば、どうして僕まで一緒にタイムリープしているのだろうか。こういうのは動かした本人だけがタイムリープするものではないのか?


「あのおじいさんからこの時計は1つにつき、2人まで一緒にタイムリープができるって言われたんだよ」


 それで僕を巻き添えにしたということか。


「悪かったよ。だけどよ、俺だけでやり直すのは嫌だったんだよ」

「何が嫌なんだ?」


 別にやり直すといったって今まで自分が歩んできた道だ。都合の良い時に戻れるのなら一人でだって構いやしないだろう。


「そりゃ恭也、俺が未来から来たって言ってたら信じていたか?」

「信じない」

「即答かよ」


 普段からお茶らけていた久志だ。当時の僕ならいつもの冗談と受け流していたに違いない。あまりにもしつこく言ってきていたなら病院へ連れていっていただろうな。


「心細かったんだよ。俺一人で過去に言ったって楽しくないからな。それで昨日お前に聞いたらやり直しても良いって言うから……」

「確かに言ったけどさ……」


 あれは酒に酔ってて、冷静な判断が出来なかっただけというか……。というよりも急にタイムリープ的なことを言われても冗談だとしか思わないだろ。


「はぁ……、まあこうなったらしょうがない。もう責めるのはやめるよ」


 一度タイムリープをしてしまえばどんなことがあっても元の時代には戻れないとのことだ。


 それならば納得できなかろうがどうしようもない。こうなってしまった以上、今ある事実を受け入れるしかない。


「でもさ、こうしてもう一度やり直せたんだ。だったらやりたいことがあるんじゃないのか?」


 許されたと分かるなり、すぐにニヤニヤと笑い出す久志。その笑顔を殴りたくなる衝動に駆られたが、我慢して拳をしまう。


「やりたいことって?」

「察しが悪いな。未来を知っているってことは嫌な未来を変えることもできるんだぞ」


 未来を変えられる?

 

 なるほどそういうことか。僕にも久志が考えていることが……


「鶴井さんに違うアプローチをできる」

「鶴井さんと関わらなければいいのか」


 どうも分かっていなかったらしい。僕としては間違ったことは言っていないような気もするが、久志は納得がいかないといったような目で僕の方を見る。


 何か変なこと言ったか?


「どうしてそうなった?」

「だってそうだろ? 僕は鶴井さんのことを諦めきれなくて大学受験に失敗した。だから、最初から関わらなければ大学受験には失敗しないじゃん」

「いや、別に鶴井さんと関わっても今度はちゃんと推薦を取ればいいだけじゃないか」

「何言ってんだ。関わったらまた好きになっちゃうかもしれないだろ?」


 久志は、「コイツはダメだ」と言いたそうに呆れていた。口にはしていないが目がそう語っている。


「やりたいことはなんとなくわかったが、どうやって関わらないようにするんだ?」

「それはもちろん。鶴井さんに僕を認識するようになったきっかけをなくす」

「というと?」

「期末テストで手を抜く」


 鶴井は1学期の期末テストで、初めて数学で学年1位を逃した。理由は僕が学年1位を奪ったからだ。


 なんで当時の僕がこんなことをしたかというと、なんとなく学年1位を奪ってみたらどんな反応をするのか気になっただけというなんともしょうもない理由だ。


 すべての教科で1位を取るのが当たり前みたいな澄ました顔がどう変化するのか、ささいな興味からだった。


 結果として彼女は顔色一つ変えることはなかったものの、彼女に名前を覚えられるきっかけとなった。その後体育祭のリレーの練習から関わりを持つようになった。


「そうすれば、鶴井さんが僕の名前を知ることが無くなるでしょ?」

「でもそうすると推薦取るのは難しくないか?」


 久志が心配するのも無理はない。鶴井と関わらないようにするために成績を落としてしまったのならば、推薦が取れなくなってしまうし本末転倒だ。だが、


「そうでもないよ。推薦で行きたい大学は学年10位を取れれば大丈夫そうだったし、普通に勉強すれば問題なく点数は取れるでしょ」


 多少高校の範囲は忘れてしまってはいるものの、また勉強し直せば簡単に思い出せるはずだ。これでも当時は学年6位だったからな。


「ふんっ、頭がいいやつめ。大した勉強せずに点数取れるとか嫌気がさすぜ」


 人のことを冷たい目で見てくる久志。そんな久志を少しからかってやることにした。


「数学で一位を取る必要が無くなった分、勉強時間が減るから、誰かさんの勉強を見てあげようと思ったんだけどな~」

「頭の良い、恭也さんに勉強を教えていただけるなんて光栄です」


 すぐに頭を下げ、ゴマをすり始める久志。先程と反応が違っていて面白く思えてくる。


「調子の良い奴だな」


 まあ、久志にしてみればタイムリープした目的は良い大学へ行くことだからな。勉強を見てあげて少しでもいい大学へ入れるよう手伝ってやろう。


 それに久志にはしょうがないからと言ったものの、先ほどの久志の言い分を聞いて高校2年生に戻れたことは僕にとっても嬉しいことだと考えを改めた。


 そりゃあ、人生をもう一度やり直すチャンスを得られたんだ。よっぽどの成功者でない限り、タイムリープしたことは得なはずだ。


 夕才高校の卒業生でも多くの生徒が欲しがる機械のはずだ。この機械をいらないと考えるとしたら、鶴井ぐらいなものだろう。それほど、鶴井は成功者といっても過言ではないからな。


 そんなことを考えながらふと時計を見ると、登校時間まであと15分を切っていた。


「やばい、そろそろ高校行かないと間に合わなくなるぞ」


 推薦を欲しい身としては1回の遅刻といって甘く見ることはできない。僕と久志は慌てて準備をして高校へと向かった。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 序章も終わり、いよいよ次回から恭也たちの高校生活が始まります。物語のヒロイン、さ……2人もゆっくり? 少しずつ出てくるようになります。

 次回更新は明日12時頃。

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