19話
スマホ越しから聞こえる、めるの言葉が理解できません。
「…………じ、GPえ……えっ……な、なんで知って……」
そう私が呟くのと同時に、スマホからも声が聞こえてきます。
『もしもし? 菜乃葉? 聞こえてる? ……あれ? 切れた? …………。なんだ、繋がってるじゃない。もしもーし! 菜乃葉ぁ?』
めるの妙に明るい声音が、逆に不気味に感じられ、私の中に別の疑惑が浮かんできました。
「ほ、ほ、本当に……め……る?」
『もぉ……声でわかんないかなぁ……ちょっとショック』
と、めるはわざとらしく落ち込んだ声を出します。
「ご、ごめっ……」
『うーん、でもまぁしょうがないか。菜乃葉は愚かしいから。そんなことより、じーぴーえすっ! 確認しなくていいの?』
「え、あ……」
私はスマホを耳から離し、GPSのアプリを起動させます。当然、めるのケータイの電源は入っていますから、アプリはめるのいる場所を指し示していました。
「……こ、ここって……」
『思い当たるとこある?』
スマホからめるの声が聞こえてきます。
「……め、めるの……家……?」
『お、当ったり〜!』
「め、める……て、テンション高くない?」
『そうかしら? うん、そうかも。てか、高いと思うなら合わせなさいな。って、だからさぁ、話脱線し過ぎだって』
「ご、ごめん」
「いいわ。話戻すけど、時間大丈夫?』
「へ?」
『私の家、田舎だから終電早いのよね』
時刻は午後9時50分を過ぎていました。たしか、めるの最寄りの駅の最終は10時。今から駅に向かっても間に合いません。
『どうする? 諦める?』
めるの声が聞こえてきます。優しく、私がどっちを選んでも尊重してくれそうな声でした。
「……行くよ、あ、会いたいから」
『そう。わかった。待ってる』
最後にそう言って、電話は切れました。
めるは、どこまで知っているのでしょう。もしかしたら、私の隠していること全て、もう知ってしまっているのかもしれません。
でも、私には考えて、迷っている時間はありません。
私は財布を取りに家に戻り、また外に出ました。
大通りに出て、タクシーを捕まえます。
そうして、私はめるの家に向かいました。
タクシーがめるのマンションの前に到着し、降りてGPSのアプリを開きます。タクシーに乗っているときから見ていましたが、緑色の点が移動することは一度もありませんでした。
めるの部屋を見上げると、電気が付いていません。
すると、電話がかかってきました。かけてきたのは当然、めるです。
「める、着いたよ」
『そう。入っていいわ』
「うん」
私は電話を切り、マンションの中に入ります。
自動ドアを通り、エレベーターのボタンを押しました。ゴゴ、ブオオ、と音が鳴り、エレベーターが上から降りてきます。私はそれに乗って3階へと向かいました。
エレベーターが3階に上がり、エレベーターから降りると、電池の切れそうな蛍光灯がチカチカと照らす廊下が現れました。
不気味ですが、私は怖がることなく廊下を歩き、307号室の前にやってきました。
ここが、めるの住む家。扉の前までは初めてきました。
呼び鈴を鳴らそうとしたら、ドアが開きます。
開いたドアの向こう側に、めるが立っていました。
黒いパーカーにハーフパンツという、私が今まで見たことがない部屋着姿で、私を出迎えてくれます。
「さ、入って」
めるは笑顔でした。まるでただ恋人を自分の部屋に呼んだだけ、というように。
「……お、お邪魔し、します」
中に入ると、すぐに異変に気づきました。
強烈な生ゴミのような……この臭いに、私は覚えがありました。私がもっと小さい頃、まだ家族が仲が良かった頃です。家族でカニを食べ、そのゴミを1週間ほど放置していました。その時に発生した腐乱臭のような、強烈な臭いです。
「ごめん、やっぱり臭うよね。これでも頑張って落としてるつもりなの」
「……あ、いや……だ、大丈夫……だよ……」
「私の部屋はだいぶマシだから、そこで話しましょう」
めるはそう言って、廊下の右側にある二つ目の部屋の扉のドアノブに手をかけ、軽く捻って扉を押します。ザザザー、と音を鳴らしながら、扉は開かれました。
部屋の中が見えて、なんでそんな音がしたのかが理解できました。
部屋の中は、ゴミの入ったビニール袋が山積みになっていました。
めるはその山積みになったゴミを踏み潰して、部屋の奥へと進んでいきます。
私が戸惑っていると、めるは笑顔で振り返ります。
「入らないの?」
「い、いや……」
「菜乃葉って私のゴミ集めてるんじゃないの? だったらこれ、宝の山じゃん」
「そ、そうだ……けど……」
この生臭い臭いもあってか、いくらめるの排出したゴミとはいえ抵抗がありました。
「わかった。順番はズレるけど、じゃあリビングで話しましょう。お父さんいるけど、気にしないで」
そう言って、めるはゴミの山から出てきます。
そして、廊下の一番奥にある扉に向かい、それを開けました。
「お父さん、リビング使ってもいい?」
「んあ? ああ、いいぞ」
めるの後ろにいるので、めるのお父さんの顔は見えません。だけど、何故か、めるのお父さんの声に聞き覚えがありました。
めるがリビングに入り、私も続きます。
「やあ、娘と仲良くしてくれてありがとう。ゆっくりとしていきなさい」
私はリビングにいためるのお父さんの姿に、身体が固まってしまいました。
そこには白いストローを咥えた、めるのゴミを1万円で売ってくれる息の臭いおじさんがいたのです。
おじさんは私の顔を見て、不気味な笑みを浮かべます。
「おや? 君は……」
そう呟くと、めるが私を見て言います。
「お父さんと知り合い?」
「し、知り合いっていうか……」
「てか、もう、お父さん、私のストローのゴミ、食べないでって言ってるでしょ、いつも」
「……は?」
すると、おじさんは禿げた頭を掻きながら、にへらっと笑います。
「いやぁ、ごめんごめん」
「……は?」
おじさんは私の顔を見て、慌ててストローを口から出しました。
「い、いや、違うんだこれは。これだけ、君にあげてるのは咥えてないから」
「私のストロー、菜乃葉に売ってたの? 菜乃葉、騙されちゃダメよ? そこのおっさん、多分全部自分も噛んだやつ渡してるから」
「おいおい、言うなっての」
「うふふふ」
わけがわからなくなりました。めるとおじさんは楽しそうに笑い合っています。まるで親子のように。
頭が真っ白になります。
頭がぐるぐるしてきて、視界が定まらなくなって……。
あれ、私、めるのストロー食べた……よな……。でもあれなんか湿ってたけど……それって……あれ? ……このおじさんが……えっ……。
そこで、私の意識は途切れました。
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