18話

 最初に物がなくなってから一週間が過ぎました。

 初めの頃は部屋に溜め込んだめるの家から持ち帰ったゴミがちょっとずつなくなっていたのですが、今日は違いました。


「……ない」


 お風呂に入るために着替えを用意していたときでした。

 ショーツが一枚なくなっているのです。まだめると付き合う前に、めるに見られた糸のほつれたショーツ。古いから体育のない金曜日にしか履かないようにしているのに、箪笥たんすの中にはありません。

 私は部屋を出て、お兄ちゃんの部屋のドアを叩きました。


「……んだよ、うっせぇなぁ」


 顔中ニキビだらけの、醜く太ったお兄ちゃんが出てきます。

 お兄ちゃんは肩甲骨くらいまで伸びた髪をボリボリと掻きながら、私を睨んできます。私も、睨み返しました。

 白々しい。なんで来たかわかってるくせに。


「お兄ちゃんまた私の下着盗んだでしょ!?」

「はぁ? 盗ってねぇよ! 証拠あんのかよ!?」


 コイツ──お兄ちゃんには前科があります。前科といっても警察に捕まったという意味ではなくて、かつて私の下着を盗んだことがあるのです。目的は友人に売るためでしたが、酷く嫌悪感を覚えました。

 ろくに働きもしないで、妹の下着を盗んで売って、吐き気がします。

 今回、物がなくなったのは、私が学校に行って、帰ってくるまでの間です。つまり、私の物を盗んだ人間は、日中家に居る人間に限られ、それはお兄ちゃんしかあり得ないのです。


「盗るのお兄ちゃんしかいないじゃん! 返してよ!」

「だから盗ってねぇって!」

「返してよ!!」

「うぜぇっ! キモいんだ、よッ!」

「きゃっ……!」


 お兄ちゃんは私を突き飛ばし、私は床に尻もちをつきました。お尻にジンとした痛みが走ります。痛みに顔を歪ませていると、バタン! と勢いよく目の前の扉が閉まりました。

 扉の先から声が聞こえてきます。


『悪ぃ、悪ぃ。妹が邪魔してきてよ。……あ? いや、うぜえだけだぜ? 可愛くもねぇし、メンヘラだし。おまけに昔、担任と──」


 私は立ち上がり、扉を思いっきり蹴飛ばしました。

 中から声が聞こえなくなります。

 足がジンジンと痛みますが、もはやそんなことなどどうでもいいです。


「……ゴミクズ引きニートのくせに」


 私は唾を吐くようにそう吐き捨て、靴も履かずに家を飛び出しました。

 家の前の道で、私は蹲り、胸に溜まった殺意を押し殺します。

 数秒で殺意は消え失せましたが、まだ怒りや悲しみ、苦しみは鎮まりません。

 もう嫌だ。こんな家に居たくない。めるに会いたい。めるのところに行きたい。

 私は無意識のうちにスマホを取り出して、GPSのアプリを起動していました。

 しかし、アプリに表示されるものはありません。


「なんでよっ……!」


 私はスマホを地面に叩きつけました。こんな大事な時に使えないスマホなんて、ただの板でしかありません。

 でも、私には、もう、めるしかいないわけで。

 叩きつけたスマホを拾うと、画面がバキバキに割れていました。電源はまだつくみたいで、私は割れたスマホを操作します。


「……イタっ…………」


 画面の破片が指に刺さり、人差し指から血が出てきました。それでも私は操作をやめません。

 画面には『める』と表示され、コール音が鳴りました。

 出てよ、める、お願いだから。

 そう祈って、ひたすら祈って、祈ることは無駄だと知らされるように、コール音が途切れます。


「……なんでっ……? ……め、めるっ……?」


 私はもう一度、めるに電話をかけました。

 めるが電話に出ることはありません。

 それでも私はかけ続け、1時間が経った頃でした。


『──はい』


 めるの声がスマホから聞こえてきました。


「めるっ……!!」


 私は思わず、大きく声をあげてしまいます。


『うわ、なに? めっちゃ着信来てるんだけど。ごめん、いま電車乗って。それより、どうしたの? なにかあった?』

「め、めるっ、い、今からあ、会えない……? あ、会いたいんだけど……」

『今からかぁ。明日じゃダメ?』


 ぎゅっと、胸が締めつけられます。


「……い、嫌だ」

『そっかそっか。わかった。じゃあ、今から準備するね』

「あ、ありが」

『準備するから──── GPS使?』

「……へ?」

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