10話  (諸事情により横読みを推奨します)

 めるに連れられて、私はフードコートのテーブルに座りました。


「うぇぐっ……! ひぐっ……! うぇっうぇっ……!」

「ほら、これ、使いなさいよ」


 咽び泣く私に、めるは紙ナプキンを差し出してくれます。


「……っぐ……め、める……あ、ありがと……」


 私はそれを受け取り、涙と鼻水を拭きます。


「落ち着いた?」


 めるに問われ、私はゆっくりと頷きました。


「そ。まったく、恥ずかしいったらありゃしない」

「ご、ごめん……」

「友達やめようかと思ったわ」

「め゛る゛……!?」

「冗談よ」


 その冗談はマジでやめて欲しい。余裕で人生終わらせられるから。


「……友達、か」


 めるは少し表情を曇らせて、そう呟きます。

 そこで私は思い出しました。

 私、めるに酷いこと言っちゃって、それで謝りに来たんでした。


「め、める、あ、あのね……わた、私、めるに酷いこと……」

「いいのよ、別に」

「よ、よくないよ。わ、私、めるにあんなこと訊かれて動揺しちゃって……つい勢いで、あんな酷いこと言っちゃって……それで、謝りたくって……」

「なるほどね。うんうん」

「…………」

「…………」


 数秒間、私とめるは見つめ合いました。

 めるは許してくれるのでしょうか。許してくれないなら許してもらうまで謝るしかありません。

 私はめるの言葉を待ちました。そして、ようやく、めるの閉ざされた口が開きました。


「──ってそれだけ!?」


 めるは驚いたように大きな声を出しました。

 私はめるの言葉の意味がよくわかりませんでした。


「えっ……?」

「あー、そう。そっかぁ……それだけかぁ……いやぁ……まぁ……そうかぁ……うーん……そっか、そうか……」


 めるは真上を見上げ、腕を組んでぶつぶつと呟いていました。


「本当に……許して……欲しくて……」


 私が言葉を漏らすと、めるのほうはため息を漏らして、私を真っ直ぐと見ます。


「本当に謝りに来ただけなの? 信じらんないんだけど」

「ご、ごめん……」

「いや、だってよ? 謝ってどうするの? 許してもらってどうするの? これまで通り友達を続けるの? 悪いけど、無理だし、嫌だかんね」


 めるは頬を膨らませて「ふん」とそっぽを向いてしまいます。かわい……じゃなくて、どうにかして許して貰わらないと。


「あ、謝って許してくれる問題じゃないよね……そのうえ仲直りしたいだなんて……おこがまし過ぎるよね……」

「ちっがーう! そうじゃないでしょ!? 話通じないな」


 めるはため息を吐き、頬杖をつきました。だけど小さく「ま、そこがいいとこでもあるんだけどさ」と呟きました。

 めるは再びため息を吐きます。そして、呆れたように言いました。


「全部言わないと伝わらないな、これ」

「な、なにが?」

「え? そりゃ、まぁ、その……」


 めるは珍しく、頬を赤くして、狼狽えていました。

 そして、恥ずかしさを押し殺すように、上目遣いで言ってきます。


「わかってると思うけど、私、菜乃葉のこと、好きなのよね。友達としてじゃなく、恋愛的な意味で」


 ひかりちゃんから言われていたことでしたが、める本人の口から述べられ、私は心臓が止まるかと思いました。

 今日起きたことが全て吹き飛ぶくらい嬉しい。だけど同じ失敗をしないように、理性だけは保つよう心がけました。


「でも、私は告白とかするつもりもなかったのに、振られた」

「ちがっ……」

「それはいいのよ。恋愛だもの。実らないものもある。認めたくはないけど、相手の気持ちには納得はしなくちゃいけない。だけど、何事もなかったかのように、これまで通りの友達に戻るだなんてできないし、したくない。そりゃ、覚悟は決まってなかったけどね」

「だ、だから、違うの」

「違うって何が?」

「ま、まず……めるに許して欲しくって……」

「だから、いいって言ってるじゃない。私は菜乃葉の気持ちを尊重する」

「だ、だから、それが違くて……」

「は?」


 めるは眉を顰めました。

 もう言うしかありません。というより、早く言いたいのです。


「え、えっと……あの……わ、わた、私も……め、めるのこと……す、す」

「──ちょっとタイム!」


 突然、言葉を止められます。

 見ると、めるは頬を紅く染めていました。


「え、な、なに……?」


 めるは口元を抑えながら、どこか恥ずかしそうに言います。


「菜乃葉が言いたいこと……わかっちゃった……かも……。や、あ、ごめん。あんまり恥ずかしくて、止めちゃった。続けて?」

「わ、わた、私も、めるのこと……」

「──あ」


 またしても突然、めるは思い出したように声をあげ、再び私の言葉を遮った。


「こ、今度はな、なに?」

「菜乃葉、いや、その、それを言ったら菜乃葉と友達やめなくちゃいけなくなるんだけど」

「えっ!? な、なんで!? なら言わない!」

「だってほら……私たち友達、じゃなくて恋人になるんだからさ……」


 めるは上目遣いで、恥ずかしそうにそう言ってきました。

 叫びたい、気分です。喉が潰れるくらい叫びたい。でも、人目もあるし、何よりめるに気持ち悪るがられたら嫌なので、我慢します。だけど、ちょっとは、ちょっとくらいは興奮してもいいよね、と思いました。だから、叫びたい気持ちを抑え、言いました。


「う、うん! と、友達……や、やめる!」


 めるは頬杖をついたまま、頬を赤くしてそっぽを向くと、ゆっくりと口を動かしました。


「わかった。じゃあ、つ、続けて?」


 言われて、私はめるのことを真っ直ぐと見つめます。

 顔から火が出るほど熱いです。

 めるも、耳まで真っ赤にしていました。


「──好きです。めるのことが大好きです。だから、付き合ってください」

「わ、私も……菜乃葉のこと好きよ。これから、よろしく」


 そうして、わたしとめるははれて付き合うことになりました。

 幸せ、とはまさにこのことなのでしょう。

 だけど、私は忘れていたのです。誰の心の中にも闇があるということを。

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