7話
「あら菜乃葉、すごく似合ってるじゃない」
「うぅ……恥ずかしいよぉ……」
私は今、メイド服を着させられています。
めるは手に持っているチャイナドレスを試着室にいる私に渡すと、淡々とした調子で言ってきました。
「はい、じゃあ次、これ着て」
「ええっ……これ、ろ、露出多すぎない?」
「すぎない。一応言っておくと、愚かしい菜乃葉には
「わ、私は愚かしいのでそんなこと言えないです……!」
めるは嘲笑するように鼻で笑い、試着室のカーテンを閉めました。
私は仕方なく、メイド服からチャイナドレスに着替えることにしました。
──なんで、こんなことになっているのかというと。
遡ること一時間前。
この日、ひかりちゃんの提案で遊ぶことになった私とめるとひかりちゃんは、県庁所在地と同じ名前の駅の中に集合しました。
「いやぁ、久々の休みだもんなぁ、たんと遊ぶぞー!」
「何それ、体育会系の部活ってブラック企業かなんかなの?」
「むっふふふ、概ね相違ないよ」
「嬉しそう、まるで部畜ね」
「そんな言葉はねぇよ」
すると、めると話し終えたひかりちゃんが私のほうを向きました。
「菜乃葉、どっか行きたい所ある?」
「ふ、二人が行きたいところならどこでも」
すると、二人はニヤッと笑みを浮かべました。
嫌な予感がした私に、めるは言います。
「言質は取ったわ。さて、行きましょうか」
「だな」
二人は私に背を向け、ずんずんと歩いていきます。
私は慌てて二人の後に続きました。
「え、ど、どこ行くの?」
「菜乃葉は危なっかしいからな。そういう態度を取ったらどうなるか教えてあげるのさ」
ひかりちゃんは鼻を鳴らしてそう言いますが、言ってる意味はさっぱりわかりません。
二人の後をひたすら追って辿り着いたのは、駅近にあるアーケード街のコスプレショップでした。
そこで私は、これから自分に起こることと、ひかりちゃんの言っていた意味を一瞬にして理解しました。
それからは着せ替え人形のようでした。
「める、ナース服なんてどう?」
「ひかりが見ないっていうなら着せてあげてもいいかな」
「なんで見ちゃだめなのよ」
「ほら、次はスク水を持ってきなさい。あ、ナース服はそこに置いておいて」
「あれ? 私全然楽しくないんだけど!?」
カーテンの向こう側から二人の声が聞こてきます。
ひかりちゃんのものっぽい足音が離れていくのを聞いて、私はカーテンを開けました。
「ど、どう……かな……?」
赤いチャイナドレスは思った以上に身体の線をくっきりと浮き出していて、かなり恥ずかしい。恥ずかしいけれど、めるに見て欲しい。めるだけに、見て欲しい。恥ずかしがる私を、見て欲しいのです。
「──え」
「おっ、似合ってんじゃん!」
カーテンを開けた先にいたのは、めるではなくひかりちゃんでした。
がっかり、というわけではないのだけれど、少し残念に思いました。めるに一番に見て欲しかったのに。
「つか、えっちだな! いや、案外いけてるぞ、菜乃葉!」
「ひ、ひかりちゃん、め、めるは?」
「あー、なんか良いこと思いついたって言ってどっか行った。菜乃葉ぁ、覚悟しておけよ〜?」
「や、ヤバかったら守ってよ?」
「あははは。どうしよっかなぁ〜」
「もぉ……」
「じゃ、次、これ着てみて」
ひかりちゃんはそう言うと、ナース服を差し出してきました。
私は仕方なく受け取ると、カーテンを閉め、ナース服に着替えました。
「あら、まだ着替えてるの?」
「いんや、チャイナドレスはもう終わって、今ナース服着せてっけど」
「は?」
「あ、ごめん、見たかった?」
「…………」
めるの声が聞こえてきたので、私はめるに見てもらうためにカーテンを開けました。
「お、お待たせっ」
「…………」
めるは無反応でした。
ゆっくりと視線を横に動かし、つまらなそうな表情でそっぽを向いてしまいました。
ま、まさか……!? 拗ねてらっしゃる!?
「おーっ! 似合ってんじゃん! 次の探してこよっと」
ひかりちゃんはスタスタとどこかへ行ってしまいます。
「…………」
「……め、める?」
呼ぶと、めるは大きな眼球だけをぎろりと動かして、私を見ました。
「……なに?」
恐ろしく冷たいめるの声。
だけど、嫌われてしまうという不安よりも、どうしても私の欲望が勝ってしまいました。
私は自分のスマホを取り出していました。
そして、心の中で叫んでいました。
ど、どどどど、どうしても拗ねためるを動画に納めたいぃぃぃ!!!
「な、なによ! 鼻息荒くしながらスマホ操作して…………って画面をこっちに向けるな!」
「あ、ちょっ……!」
めるは私からスマホを取り上げました。
その瞬間、私は全身の毛穴という毛穴から汁のように汗が出ました。
何故ならそのスマホにはめるをストーキングしている時に使うアプリや、たくさんの盗撮写真が保存されているのです。特にカメラを起動しているから写真フォルダを見られる可能性は高い。
それは非常にマズい。
「まったく、何カメラ起動させてんだか」
「あー!!」
「ちょっ……!!」
ドン、という大きな音がして、私はふと我に返り、めるを押し倒していることに気がつきました。
私の両の手の下には、めるの細い手首。
非常に無防備な状態で、私を見上げるめる。
「…………」
大きくて綺麗な瞳。
まるで作り物のような整った顔。
そのまま顔を近づければ、抵抗されても、なんでもできる……。
私は思わず、唾を飲みました。それが私の理性のストッパーを外す合図、のようでした。
「──うわぁ! めるのこと押し倒してる変態ナースがいる〜!」
顔を近づけようとしたところで、背後からひかりちゃんの声が聞こえて、私は慌ててめるから手を離します。
「あ、い、いや、こ、こここ、これはちがっ……くって……」
「うわ、顔真っ赤」
言われ、私は両手で顔を隠しました。
熱い、顔が焼けるくらい……。
「それより、退いてくれない? 重いんだけど」
下からめるの声がして、めるに思いっきり乗っていたことも思い出します。
「ご、ごめんっ……!」
「……お前、女の子に重いはないんじゃないか?」
私が慌てて退くと、めるはゆっくりと起き上がり、床を指差しました。
「ほら、ケータイ。そんなに見られたくないなら自分で拾ったら?」
「あ、う、うん」
──その時でした。床に落ちたスマホを取ろうとめるの横の通ったその時、
「──ねぇ、キスしようとした?」
ビクッと、身体が震えました。
心臓が止まったのかと思うほどの電流が全身を伝います。
めるの声が、耳元でボソッと聞こえたのです。
めるの顔を見ます。
めるは無表情で私を見ていました。
その表情からはかわいい以外、何の情報も読み取ることができない。
「ねぇ? 聞いてる?」
「え、あ、う、うん?」
「菜乃葉、さっき──」
「そ、そんなこと……ない……よ……?」
私はそんなあからさまな嘘しかつけませんでした。
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