8話
「お昼どこ行く?」
ひかりちゃんが先頭を切って、やや後ろを歩く私たちにそう訊いてきました。
あれからコスプレショップを出て、お昼ご飯を食べに行くことになったものの、めるはあきらかに口数が少なくなり、私はめるに嫌われてしまったと落ち込んでいました。
「案が出ないならファミレスにしちゃうけど、いいの?」
「私はそれでいいわ」
「菜乃葉は?」
「え、う、うん、わ、私もファミレスでいいよ」
そんなやり取りをして、近くにあったファミレスに入ります。そしてそれぞれ適当にメニューを頼みました。私は軽めにうどんにしました。
注文を終え、ドリンクを取りにひかりちゃんと席をたった時でした。
「ひかり、ドリンクバー取ってきてくれない?」
めるがひかりちゃんに向かってそう言いました。
「いいけど。なに?」
「コーラ」
「はいよ」
ひかりちゃんは頷いてテーブルから離れ、私もそれに続こうとしました。
「菜乃葉もひかりに頼んだら?」
何を考えているのか、何を企んでいるのか、まったく読むことができないそのめるの無表情な真っ直ぐな目が、私を掴んで離しません。
「いやいや、私に三人分持ってこいと?」
「そう。無理?」
「……いや……まぁ……いいけど……さぁ……」
めるの真剣な言葉に、ひかりちゃんは頭を掻きながら、渋々とドリンクバーへ向かいました。その背中に、めるは声をかけます。
「あ、お盆使うの禁止で!」
「何故に!?」
言いながら、ひかりちゃんはドリンクバーへと再度向かうのでした。
「ふぅ。ところで菜乃葉はいつまでそうして突っ立てるの?」
「……へ、あ……は、はい」
ストン、と気が抜けたように私は腰を下ろします。というか、足腰に力が入らないのです。
今からめるに何を言われるのだろうか。
もしかしたら……絶縁なんてことも有り得なくはない。だって私はめるのこと押し倒して、強引に…………それこそ……ムラケンみたいに……。
私がわなわなと震えていると、めるはいつもの無表情で、唇を動かしました。
「ひかりがいつ戻ってくるかわからないから手短に聞くけど────菜乃葉って私のこと好きなの?」
めるに言われ、頭が真っ白になりました。バレた。バレてしまった。嫌われたくない。めるにだけは、嫌われたくない。そう思ったら、自然と口が動いていました。
「や! ま、まさか! だ、だってめるは、と、友達だよっ? 好きとか……そりゃ好きだけどそれは友達って意味で! 恋愛とかそういうんじゃまったくないし! あっ、さ、さっき押し倒したのはたまたま……そうたまたまで! 昨日寝不足だったから、その、ぼーっとしちゃって! 別に深い意味とか、そういうんじゃないし! それにだってほら、私ら女同士じゃん! さ、さすがにキモいっていうか……めるもそう思っ──」
自分でも何を言ってるのかわからなくなっていました。
ドン、という音がして、我に返ります。
めるが大きな音を立てて席を立った音でした。その音で、私はやっと言葉を止めることができました。だけど、展開は次から次へと、私のことなんて待ってくれるわけもなく、移動していきます。
めるは立ち上がると、無言のままファミレスを飛び出しました。
「…………へ?」
訳もわからず、私は呆然としていました。
「あれ? めるが店の外に出てっちゃったんだけど」
ひかりちゃんがドリンクを3つ持って席に帰ってきました。
「いや……えっと……その……」
「え、なに? どゆこと?」
小首を傾げるひかりちゃんに、私は言える範囲で説明をしました。
「それは……まぁ、なんつーか……その、めるは菜乃葉のことが好きだったのでは……?」
どこか小っ恥ずかしそうにひかりちゃんが言いました。
「は? どういう意味? ふざけてる……?」
だけど、めるが私なんかを好きになる訳がないのです。たとえひかりちゃんでも、めるを侮辱するのは許しません。
「お前、凄んでも全然怖くないから。つか、それ本気で言ってんの?」
「本気って?」
「だって、まぁ、なぁ? 考えてもみろよ。あんなにモテるのに今まで誰とも付き合ったことないんだぜ?」
「それはめるに釣り合う人間がいなかったから」
「なんだそれ、神様仏様める様ってか?」
女神様ですけど。
「それに、あんなに友達も多いのに、私や菜乃葉と一緒にいるって、よほどの理由がないと説明つかなくない?」
「や、優しいから、めるは……」
「優しいか?」
「優しいよ」
ひかりちゃんが微妙な表情をします。
「……ん、ま、それはいいわ。でもさ、なんでその優しくする相手が菜乃葉だったんだろ、って考えたことある?」
「…………」
「それってやっぱ、めるは菜乃葉のことが……好き……だった、ってのがしっくりくると思うんだよ」
しっくりは、きません。何度も言いますが、めるが私みたいな奴のことを好きなわけがないのです。
でも、もしそれが本当なら……めるは私のことを……?
考えただけで鼻血が出そうでした。噴水みたいに高く噴射しそう、そんだけで出たら死ぬど、いや、もはやめるに好かれるのなら死んでもいい。
だけど、そんな有頂天な私を、ひかりちゃんの言葉が現実へと引き戻しました。
「で、想いを寄せるお前から『友達として好き』とか『女同士はキモい』とか言われてみろよ? 私だったら泣くね」
「……!?」
私はようやく、そこで自分の犯した罪に気がつきました。
「……わ、私……なんて酷いこと言っちゃったんだろう……」
「そう思うんなら追いかけな?」
「でももうめるが出てってからしばらく経つし……」
「馬鹿野郎。それでも追うんだよ。そこで見つけ出すのが、本物の愛ってもんだろ?」
ひかりちゃんは拳を握り締め、意気込んだように言いました。
「う、うん、行ってくる」
「おし、行ってら」
私はひかりちゃんに背中を押され、ファミレスを飛び出しました。
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