3話

 放課後。今日一日使った教科書類を机から鞄に移していると、めるとひかりちゃんがやってきました。

 この学校では、七限の授業が終わると掃除の時間となり、それが終わり次第に放課後になります。だからこっそり掃除をサボって帰ってしまう生徒も多く、こうして私みたいにわざわざ掃除が終わって教室に戻ってくる人は少ないのです。


「置き勉しない人、初めて見た」


 めるは私の前の席の椅子を動かし、私と向き合うように座ると、私の机で頬杖をついてそう言いました。


「だ、だって……そういう決まりだし……」

「守ってるの菜乃葉だけよ? 毎日持ち歩くの重くない? それともトレーニングしてるの?」

「し、してないよ。重いけど、る、ルールだから」


 すると、めるはポケットから牛乳パックを取り出し、ストローをぶっ刺すと、それをチュウチュウと吸います。


「ホント愚かしいわね、菜乃葉は。生きづらいでしょう?」


 呆れたように、だけど私の目をしっかりと見て、めるは言います。


「愚かしいって……相変わらずめるは菜乃葉に当たり強いな」


 ひかりちゃんが横から口を挟んできました。

 すると、めるはストローから口を離し、飄々とした様子でひかりちゃんに言います。


「どうして? ひかりは菜乃葉ほど愚かしい人間を見たことある?」

「そんな曇りのない顔で言ってやるなよ」

「それに私は褒め言葉として使ってるのよ? 菜乃葉は愚かしくて本当にかわいい」

「……っ!?」


 ドキッと、胸が揺れました。

 めるの『菜乃葉は本当にかわいい』という言葉が脳内でぐるぐると響き渡ります。


「褒めてるつもりなのか……」

「ほら。見てみなさいよ? 自分の話題を友人たちが話してるのに、ただ顔を赤くして黙ってるだけの菜乃葉のどこが愚かしくないと言うの? 口がないのか、喋る意思がないのか、はたまたサボテンなのか、本当に愚かしくてかわいい」

「菜乃葉は恥ずかしがり屋なんだよ。お前と違って中学からの付き合いだからわかるんだよ」

「ふぅ〜ん、あっそ。ところでバイトをしようと考えてるのだけれど、楽に稼げるバイト知らない?」

「急に興味なくなっちゃったよ」


 ひかりちゃん、その通りなのです。愚かしい私はめるに話しかけられるとこうなってしまうのです。IQ2の佇むだけのサボテンになってしまうのです。いや、顔を赤くしてしまうので、もはやサボテン以下なのです。


「そんなことよりひかり、そろそろ時間じゃない?」


 めるがそう言うと、ひかりちゃんはスマホで時間を確認します。


「あ、そうだ、そろそろ部活行かないと」

「いってらっしゃい。頑張ってね、超強豪の南高ナンコーソフト部のエースさん」

「万年県一回戦負けの弱小のライパチだよ、喧嘩売ってんのか?」

「あら? いつもいつも練習ばかりしてるからてっきり強いのかと」

「練習量だけは強豪校なんだよ、ばーか!」


 そんな捨て台詞を吐いて、ひかりちゃんは教室を出ていきました。

 教室に二人残った私とめる。


「うるさいわね……ひかりって中学の頃からああなの?」

「え、いや、ちゅ、中学の頃はもっとおとなしかったと思うけど」

「今の菜乃葉みたいな?」

「私よりは喋ってた、かな……」

「ふぅーん、あっそぅ」


 そう、めるは興味なさそうに呟くと、再びストローに口をつけるのでした。

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