1話

「おはよう!」

「おはよう、める」

「おはー、めるめる〜」


 周囲の人間と当たり前のように明るく挨拶を交わして教室に現れると、最後に私の席にやってきて、彼女は言いました。


「おはよ! 菜乃葉なのは

「え、あ、……うん、お、おはよ」


 私のどもった声を聞いても彼女は変わらず太陽のような笑顔で微笑むと、くるりと踵を返して自分の席へと向かいました。

 ……あぁ……かわいいなぁ……。

 ──一木いちきめる。この学校では知らない人はいない、学校一の美少女。どこか日本人離れした容姿をしていて、一週間に一度のペースで告られ、芸能事務所にも何度かスカウトされたとか。そして何より、私なんかと友達になってくれるのです。心までも余裕でK点超えをしてくるとは。

 すると、ジャンプ台にすら登ることも怪しい奴らが私を横目に言ってきます。


「めるって優しいよねぇ〜、あんな陰キャとも仲良くしてやって」

「わかるぅ〜、慈悲深いっていうかさ。てかめるって、まるで女神みたいな感じじゃない? 気品っていうのかな、貴族みたいな雰囲気あるよねぇ」

「わっかる〜」


 ──わかってない。この人たちはわかってない。何一つとして、めるを理解していない。

 でもひとつだけ、私もめるのことを理解してない部分があります。

 何故、クラスでも目立たない陰キャの私と仲良くしてくれるのでしょう。それだけはいくら考えてもさっぱりわかりませんでした。


「──菜乃葉、今日は屋上で食べましょう」


 昼休憩。三限終了のチャイムが鳴ってすぐ、いつものようにめるは私の席にやってきました。


「え、う、うん」


 私は毎日お母さんに作ってもらってる弁当を持って、めると一緒に屋上へ向かいました。

 立ち入り禁止の張り紙をされた屋上の扉を、めるはポケットから銀色の鍵を取り出し、手際よくその扉を開きました。

 めるが扉を開け放った瞬間、一面真っ青の快晴が視界に飛び込んできます。


「わぁっ……!」

「見つかったらヤバいから、頭低くしてね」

「う、うん」


 言われた通り、私は腰を引くして屋上に出ます。


「いや、もっと」

「……へ?」


 言われて振り返ると、めるは冷たい目を私に向けていました。


「だぁかぁらぁ、もっとしゃがむ」

「も、もっと……?」

「そう」


 私は言われるがまま、地面に膝をつけます。


「そう」

「…………」


 めるにお尻を向け、私は四つん這いになってフェンス際を目指しました。これが結構恥ずかしいのです。パンツが見えているんじゃないかって。今日、見られてもいいやつだっけ……って。


「今日は黄緑のチェックかぁ。あ、糸が解れてる」

「ひっ……」


 慌ててスカートを抑える私の脇を、めるが普通に歩いて通り過ぎていきました。


「見つかったらヤバいんじゃないの!?」

「ヤバいわね。だから?」

「え……え、……え?」

「見つからなければいいのよ。犯罪と同じ理論。バレなきゃ犯罪じゃない。さっき私が菜乃葉のスカートの中を撮影してたって、バレてないから犯罪じゃない」

「け、消してよっ!?」


 めるは愉快そうにけらけらと笑いながら、フェンス際に腰を下ろしました。

 私もめるの隣に座ると、弁当を広げます。今日は鳥の唐揚げでした。

 めるは持っていた白いビニール袋から、コンビニのサンドイッチと紙パックの牛乳を取り出し、めるはストローを紙パックにぶっ刺して、チュウチュウとストローを吸います。口を離すと、ストローには可愛らしくない歯形が刻まれていました。彼女の癖なのです。

 ね、あの子たちはわかってないでしょ? めるのどこが気品があって貴族なのか。ま、女神なのは正しいですけど。

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