第5話*【朝焼けの瞳】

 私の名はプロイ・アナトリー。

由緒正しきアナトリー家の長男だ。


 私は長男として、公爵家次期当主に相応しく在れるよう努力してきた。

だからこそ、アナトリー家を継ぐのは、私だと確信していた。


 ――忌々しい、あの瞳を見るまでは。


 アナトリー家は伝説にある”朝焼けを齎す者”を輩出した家だ。


 ”朝焼けを齎す者”とは、遥か昔に深淵より訪れる災厄の闇を払ったといわれる者。


 そして、その人物は死の間際に「もし、再び世界の危機を救う者が現れるとしたら、その人物は自分と同じ目をしているのだろう」と言った。


 ”朝焼けを齎す者”はその呼び名に相応しい、朝焼け色の瞳をしていたという。


 そして、それ以降、その朝焼けの瞳を持つ者は現れなかった。

 しかし、愚弟のあの瞳はまさしく朝焼け色で。



 奴が、世界の危機を救う者だとでもいうのか。


 今日ようやく十歳になる幼子が?


「……」


 奴はどこまでも無機質な表情で、その目は透き通った伽藍洞だ。

心が凍てつき、感情が死滅したかのような有り様だ。


 理由はすぐに察せられる。

 

 恐らく、信心深いあの継母のことだ。

イリーオス教の断俗を行ったのだろう。

十歳になり、神の祝福を受けるまで、文字通り何もさせないというあれを。


 公爵家の次期当主になるためには、ものごころつく前の幼い頃から、英才教育を受けなくてはならない。


 ”朝焼けを齎す者”と同じ瞳を持つことを理由に、長男である私を差し置いて奴がアナトリー家を継ぐこともあり得ると危惧したが、あの様子では杞憂だったようだ。


 父上も人形を当主にするほど酔狂ではあるまい。


 私は安堵した。

私が当主となるために努力したことは無駄にはならないのだと。


 だが、もしも父上が奴をアナトリー家の当主にすると言い出したら……。



 人形にその役目は荷が重いだろう。


 その時は、私が、アナトリー家のために、そして愚弟のためにも、奴を楽にしてやろう。

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