第3話*放置して育成!

 お産の現場で起きた、あの摩訶不思議な現象を、俺は「いわゆる転生ではないか」と推測した。

 うまく明文化できないが、本能らしきものが強く訴えてくる。

 あの赤子は俺である、と。


 しかし、現在の俺は幽体離脱したかのように、俺である赤子を俯瞰してみている。

これにはおそらく、あの時に見えた”auto mode”という文言が示す通りのことが起きているのだろう。

 赤子は俺の意思に関係なく動いている。

これで、俺は18にもなって赤子の真似事をする、なんていう惨いことを避けられた。

 ありがたい。

 たまに、赤子は思わず『何やってんだ!?』と言いたくなるような行動をするが、まあオートではよくあることだ。許容範囲、許容範囲。


 こうして俺は、無事に『幼児らしくない』と怪しまれることなく、10歳の誕生日を迎えた。

 ……うん。オートモード長すぎ。

 

 その間、俺はずっと赤子の様子を見るはめになった。

視界は動かせるけど、赤子から離れられなかったし。


 退屈なので、ここの言葉を覚えることに専念した。

俺は赤子ほど言語習得に向いた柔軟な頭をしていないからな。

 赤子はどんな環境にも対応できるように、まっさらなんだって教授が言ってた。

耳が聞こえない両親のもとに生まれた子供が、言葉を覚えるかわりに手話を覚えるという事例があるとか。

 脳は赤子のものだが、思考は大学生のものなので、今からここの言語をネイティブ並みに習得できるか不安だった。


 しかし、その不安は杞憂だった。

俺は比較的、早く言葉をマスターした。

一番の理由は、ここの言語がギリシャ語に似ていたからだ。

俺はギリシャ語が好きで独学で学んでいた。

何故なら、かっこいいから!

理由なんてこれで十分だろう。


 さて、言葉が解るようになったことで、さまざまな事を知れた。

まず、ここはいわゆる異世界であること。

 部屋からして、中世ヨーロッパ風であったし、何より会話の中で当たり前のように魔法やら魔物やらが話題になっていた。


 俺は、自分がラノベ主人公のように異世界転生したと確信を得ても、ちっとも嬉しくなかった。

 ラノベは好きだが、それはあくまで自分が読者という立場だからだ。

主人公のように強大なラスボスに立ち向かったり、面倒くさい人間関係など持ちたくない。


 なにより、異世界では当然スマホゲームができない。

これは深刻な問題だ。

 かといって、この世界をゲームに見立てるなんて愚行をおかしたら、すぐ死ぬだろう。

 そして、おそらくこの世界にはゲームのように蘇生などはできない。

 金持ち貴族様である今世の実父が、前妻を蘇生できなかったことから、俺はそう推察した。


 そう、今世の実父は貴族だ。それも公爵。

なんでも、素晴らしい伝説のある由緒正しき家柄なんだとか。現王とも親戚だし。


 それで、その父親は前妻を溺愛してて、前妻が病死した後に立場上しかたなく後妻を娶ったものの、滅多に会いに来ないんだとか。

 その後妻が俺の母親。

……なんか、俺の第二の人生ハードモードな予感がしてきた。


 そんな訳で、俺のいる部屋には母親と、世話役でもあったあの産婆だけだ。

そうして月日が経ち、赤子も成長して子供と呼ぶべきまでになった。


 その子供は相変わらず俺の意思を無視した言動をする。

心配なのは、オートモードが終わった時だ。

俺がその子供らしくない言動をして、訝しまれるのではないかと。


 そして、とうとうその時がやってきた。


<< システム通知:auto modeを終了します。 >>


男とも女ともつかない機械的な音声がそう告げた。

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