第29話 神さまと橘(4)
語られた彼女の最期――。
「秀美・・・・・・っ!」
奏の言葉に康はその場に泣き崩れた。
秀美の声が――。
秀美の思いが――。
透き通るように彼女との記憶が康の心の中に響いていく。
どうやら、私はやっとこの《悲しみ》と向き合うことが出来たのかもしれない。
事故が起きたあの日から私の歩みは止まってしまった。
警察から語られる事故の詳細。
私は信じられなかった。
秀美に限って、そんなことをするなんて。
秀美が死んでからも、その思いは変わらなかった。
秀美の死をずっと否定し続けるように生きて来た。
だが、それも今日で終わりだ――。
「そうか・・・・・・。そうだったのか――」
康はふらふらとした足取りで、ゆっくりと立ち上がる。
秀美は命がけでこの子犬を助けた。
それが真実だったのだ。
ならば、私が出来ることは――。
康の中でその答えは出ていた。
「桜木さん、一つ相談があるんですが」
涙をぬぐい、康は落ち着いた顔で言う。
「はい、何でしょうか」
次の言葉を知っているかのように奏は笑みを向ける。
「この子犬は私が引き取ってもよろしいんでしょうか?」
康は申し訳なさそうな顔で奏にそう言った。
秀美の望みを。
今度は私が叶えたい。
この子犬と共に寄り添い、生きていくことを――。
「ええ、勿論」
康の要望に奏は笑顔で頷く。
無論、その可能性は美沙にも伝えていた。
彼女からは了解を貰っている。
この可能性を伝える際、美沙は「喜んで」と笑顔でそう言っていた。
奏の後ろで聞いていた京子も晴れ晴れとした気持ちになる。
橘さんの雰囲気が変わった。
スーパーで会った時とはもう違う。
それもこれも神さまが奥さんの事故の真相を話してからだ。
いつの間に神さまは奥さんの事故について調べていたのだろうか。
京子は感心していた。
――だから、神さまは神さまなのかな。
事実では無く、真実を伝える。
これが桜木奏さんが神さまと呼ばれる由縁なのだろうか。
この光景を見て、京子はふとそう思った。
「ありがとうございます」
奏の回答に感銘を受けたような顔で康は深く頭を下げる。
――こうして、茶色は康の家族になった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます