第27話 神さまと橘(2)


 土曜日。

 町内会の定例会議が終わる頃。


「なあ、やっちゃん。ちょっといいか?」

 会議室から出て行く康を国城会長が止める。

「ん? どうした、浩司?」

 何かあったのだろうか――。康には見当がつかなかった。

「話があるんだ――」

 国城会長がそう言うと、会議室の扉が開いた。

「どうも」

 そう言って小さく頭を下げ、会議室に入って来たのは奏だった。


 さっきまで会議に参加していたはずなのに、いつの間にか部屋の外へ出ていたようだ。

 奏の後ろには付き添うように京子もいる。


「あれ、桜木さんまでどうしたんです?」

 このタイミングで奏が来ると言うことは関係があると言うこと。康は理解する。


 しかしながら、私と桜木さんに共通点は――無い。


「橘さん、少し私に時間を頂けないでしょうか」

 申し訳なさそうに奏は康に告げる。

 

 すると、桜木奏の雰囲気が――変わった。


「時間?」


 時間とは。

 いったい何の時間だろうか。


「私に伝える時間をください」

 丁寧な口調で奏は康にはっきりとそう言った。

「何を伝えるんです? ――私に?」

 彼が私に何を伝えようと言うのか。康は見当がつかない。

「はい。橘さんに伝えなければならないことがあります」

「いったい、何を?」

「――奥さまのことです」

「秀美のこと? 秀美がどうかしたのか?」

 秀美と桜木さんとの接点は見つからない。無論、私と桜木さんもだ。


 しかし、相手は神さまと称される男だ。

 何かしら、接点があるのかもしれない。


 現に秀美も彼のことを神さまと呼んでいた。

 それは私も覚えている。


 康は眉間にしわを寄せ、解せない顔ながらもそう考えていた。


「秀美さんの事故の原因です」

 そう言うと奏は後ろを振り向き、何かを取り出すような仕草をする。


 振り返る奏が抱えていたのは茶色い子犬だった。


 どうして、ここに子犬がいるのか――。

 康は理解できなかった。


「秀美の事故の原因だと――?」

 桜木さんはいったい何を言っているのか。康は目を見開き、驚く。


 事故の原因は秀美が車道に飛び出したからではないのか――。

 まさか、桜木さんはそうではないと言うのか。


「はい。それをこれから伝えさせて頂きたいと思います」

「そうか――」

 康は息を飲み、奏の次の言葉を待った。


 私の唯一つの未練。


 それは秀美の事故の真相だった。

 本当に秀美がただ車道に飛び出しただけなのか。

 いつもは注意深い秀美がどうして――。

 考えても考えても私には理解出来なかった。


 それもこれで晴れるのかもしれない。


 次第に康の期待値は上がっていった。


「私が知り得た彼女の最期を伝えます――」

 落ち着いた眼差しで奏は静かに語り出す。


 ――彼女の最期を。



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