第25話 奏と美沙(3)
午後三時。
奏は今日も公園に来ていた。
「あら、神さま。また、会いましたね」
ベンチに座っていると美沙に声を掛けられる。
「あ、どうも」
信幸の妻であることを知ってか、言動に気を遣うようになった。
すると、美沙は不思議そうな顔をして、奏の隣に座る。
「うーん、その様子だと――主人と会ったんですか?」
先日とは違う奏の言動に美沙は悟った。
美沙の言葉に一瞬、鳥肌が立つ。
まるで見透かされたような感覚だった。
「会いました――。と言うか、青井さんは元同僚ですからね」
ゆっくりと息を吐き、落ち着いて言う。
「あ、そう言えば、そうでしたね」
美沙は気がついた顔をする。
「あの頃の主人はしっかりと仕事していましたか?」
想像がつかないのか、不思議そうな顔で首を傾げていた。
「そりゃ――もう。的確な司令塔でしたよ」
奏は懐かしそうに笑みを浮かべる。
かつてのチームを思い出す。
信幸も健吾もいた、あのチームを。
「それは良かった。あの人はあまり仕事の話を私にしないので」
微笑むと、どこか美沙はつまらなさそうな顔をする。
美沙の顔は、どこか自分に仕事の話をして欲しそうな顔をしていた。
「あれ・・・・・・? でも、僕の話は聞いていたんですよね?」
普段は、仕事の話をしないのに。
なぜ、僕のことは奥さんに話したんだろうか――青井さんは。
素朴な疑問だった。
「はい。ある日、しょんぼりと帰ってきたので、聞いてみたんです」
意を決したような顔で美沙は言う。
「しょんぼりと・・・・・・」
奏は先ほどの信幸の姿を想像していた。
どんよりした空気を抱え、あんな感じで帰ってきたのだろうか。
「かなり、ショックを受けていましたよ。刑事を辞めることに」
美沙の言葉に意気消沈の信幸の姿を想像する。
あの頃からは想像できなかった青井さんのその姿。
不思議な感覚だった。
「・・・・・・それは申し訳ないです」
「ですが、それ以上に辞めてまで成し遂げたいことがあることを応援していましたよ」
「青井さん・・・・・・」
今度会った時は無糖のコーヒーを奢ろう。奏は決意した。
「それに――」
「それに・・・・・・?」
「――今のあなたからは非情さは感じられませんね」
可笑しいな、美沙はそう言いたげな眼差しを向ける。
「夫婦揃って、同じことを言わないで下さいよ」
信幸と同じ言葉に奏は驚いた。
「ふふっ。あの人も言っていましたか」
想像しているのか、美沙は嬉しそうに笑う。
そして、美沙は気持ちを切り替えるように立ち上がった。
「それで何かわかりましたか?」
茶色の子犬を抱え、美沙は笑みを向ける。
「色々と――。ですが、あと一歩、足りない――」
目を細くして、奏は思考を研ぎ澄ませていた。
何かが足りない。
その欠片すらない。
見当がつかない状況だった。
「あと一歩ですか?」
はて何だろう――。
眉間にしわを寄せ、美沙も考える。
「はい」
奏は考え直すようにベンチから立ち上がった。
視点が変われば、何かが変わる。
行き詰った時、奏はよくそうしていた。
「あ、あの――」
すると、立ち上がった奏の前に一人の少女が立つ。
「ん?」
突然少女に声を掛けられ、奏は不思議そうな顔をする。
「あの・・・・・・。そのわんちゃん、茶色ですよね・・・・・・?」
奏を呼び止め、少女は恐る恐る聞いた。
「わんっ」
茶色は少女を見るなり、嬉しそうに尻尾を振り、少女に近づく。
どうやら、少女は茶色を知っているようだ。
おそらく、茶色も少女を知っている。
「うん。君はこの子を知っているんですか?」
茶色の頭を撫でて、奏は少女に聞く。
「はい。この子は秀美さんと二人でお世話をしていましたから――」
少女は微笑み、子犬との日々を話し始めた。
やがて、少女はあの日のことを語り出す。
真実は一つに――繋がった。
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