第21話 奏と美沙(2)
「なんとかなりません? ――神さま」
美沙の期待の眼差し。
「んー、どんな人とかって聞いています?」
美沙の雰囲気が移ったように奏も困ったような顔で言う。
奏の問いに美沙は子供たちとの会話を思い出していた。
「年配の女性? 確か――ひでみおばさんって子供たちに言われていましたよ」
曖昧な顔で美沙は言う。
「ひでみおばさん?」
奏は気がついた顔で美沙に聞き返した。
聞いたことがある名だ。
まさか――。
「その女性がそう名乗っていたと子供たちが言っていました」
間違いないです。美沙はそう補足した。
「そうですか――」
奏は目を見開き、確信した顔をする。
点と点が今――繋がった。
まるで、曇っていた気持ちが一瞬にして晴れるような感覚。
つまり、この子犬は事故で亡くなった橘秀美さんが深く関わっていると言うことだ。
「その顔はわかったんですか?」
奏のその顔を見た美沙は途端に明るい顔になった。
「え、そんな顔をしていました?」
自分では表に出していないつもりだった。奏は驚く。
刑事の頃は平気で嘘も付けるほど、裏表が激しかったはずなのに。
今の自分には緊張感が無いからなのだろうか――。
「嬉しそうな顔をしていましたよ。――流石ですね」
ふふふっ、と美沙は嬉しそうな声を漏らした。
「流石って、そんな――」
両手を前に振り、否定するような仕草をする。
「流石ですよー」
寄り添うように近づき、美沙は微笑んだ。
「そんな・・・・・・。そんな流石なことなんてしてないですよ」
次第に奏の中で緊張感が生まれる。
これはドキドキなのだろうか。
「いえいえ、あなたは凄いですよ――今も」
奏に聞こえるようにはっきりとした口調で美沙は言った。
「いやいや」
奏はおろおろしながらも右手を左右に振るい、美沙の言葉を否定する。
すると、美沙は何かを見通したような笑みを浮かべた。
あなたの凄さは伺っていますから――。
そう言い残して、美沙は茶色の子犬と共に公園を出て行った。
「僕の凄さ――か」
奏は美沙の背中を眺め、呆然と自身の過去を振り返る。
彼女の言う凄さとは――。
神さまとしての凄さか。
それとも過去についての凄さなのか。
少なくとも、伺っている、と言うことは誰からか聞いた話なのだろう。
非情の緒方と言われた刑事時代。
『その若さでここまで出来るとは』
『実績で言えば、一課長クラス』
『対等に渡り合える同世代はいない』
『犯罪者に対する躊躇が無い』
言われてきた数々の言葉を奏は思い出した。
「それも今は違う――」
ベンチの背もたれに寄りかかり、奏は空を見上げひと息ついた。
非情と呼ばれた緒方奏。
優秀と言われた緒方奏。
良くも悪くも、そんな自分はもういない。
ここにいるのは、緒方奏ではない――桜木奏なのだ。
「桜木奏として、僕は僕が出来ることをしよう」
奏はそう言ってベンチから立ち上がり、背筋を伸ばした。
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