第20話 奏と美沙(1)
翌日。
午後二時。
奏は一人、先日も訪れた公園に来ていた。
「ここで始まり、終わった――」
奏はベンチで呟き、腕を組み考える。
いくつかの仮説を自身の結論で消していった。
それはまるで、自身が深く暗い海底へ沈んでいくような感覚。
巡る思考。
奏は刑事の頃に戻ったような気持ちになった。
――そんな難しく考えるなよ。
考える中、ふと健吾に言われた言葉を思い出した。
懐かしい上司であり、師の言葉。
あの時は確か、今みたいに物事を考え詰めていた時だった。
奏は当時の自分を思い出す。
「・・・・・・そうですね、健吾さん」
奏は微笑み、気持ちを切り替えるように息を吐いた。
相変わらず、僕は一人になると深く考えすぎてしまうのかもしれない。
「あれ・・・・・・、神さま?」
すると、考え込む奏に一人の女性が声を掛けた。
二十代後半くらいだろうか。
小柄で長髪のその女性は、綺麗で愛らしい雰囲気を出していた。
「あ、はい・・・・・・そうですが?」
身に覚えがないような顔で奏は首を傾げた。
神さま、そう言うと言うことは僕を知っている。
しかし、自分はその女性を知らなかった。
こんなに綺麗な女性、一度会えば忘れない。奏はそう思った。
「――初めまして。私は稲垣美沙と言います」
一瞬、見通したような目をして彼女は一礼する。
「稲垣さんですか。僕は桜木奏と言います」
奏はハッとした顔で美沙に挨拶をする。
初めて聞く名。
どうやら、初対面のようだ。
「桜木――そう・・・・・・、奏さんですか」
奏の名を確かめるように、美沙ははっきりとそう言った。
そして、美沙はゆっくりと奏に近づいていく。
「あ、はい」
美沙の言葉に答えるように奏は頷いた。
ゆっくりと近づく女性の身体。
奏は呆然としていた。
美沙の顔は奏の顔と数センチのところへ来ている。
「えっ、あの・・・・・・?」
どうなっているのかわからず、奏は恐る恐る聞く。
――聞いていた方と少し違うみたいですね。
奏の耳元でそう囁くように美沙は言った。
「聞いていた方――?」
眉間にしわを寄せ、奏は解せない顔をする。
いったい誰に何を――。
奏はそう思った。
途端に彼女に対する見方が変わる。
彼女は――何者だ。
「それはですね――」
奏の問いに不敵な笑みを浮かべて、美沙は口を開いた。
『ワンッ』
会話を遮る犬の鳴き声。
奏と美沙の間で茶色の子犬が吠えていたのだ。
「あ、ごめんね、茶色」
美沙は、忘れていた、とでも言いそうな申し訳ない顔をする。
そして、茶色の子犬を左腕で抱きかかえ、ゆっくりと右手で頭を撫でた。
茶色の子犬のリードを辿ると、美沙の左手にある。
つまり、この茶色の子犬の飼い主は美沙と言うことだ。
奏は必然的に理解する。
「・・・・・・」
何と言うタイミング。
奏は戸惑いを隠せず、茶色の子犬を呆然と見つめていた。
――いかん、冷静になれ。
落ち着くんだ、緒方――桜木奏。
奏は自身の心にそう語りかける。
「――その子犬は稲垣さんのわんちゃんですか?」
やっと出た言葉。少したどたどしい言い方で奏は言う。
「うーん・・・・・・、まあ――そうですね」
少し悩んだ顔をした後、吹っ切れたような笑顔で美沙は言った。
その言い方、何か懸念があるのは間違いない。
次第に奏は冷静さを取り戻していった。
「どうかしたんです?」
日常的な会話をするように何食わぬ顔で奏は美沙に聞く。
その懸念が何なのか――。自然と奏は気になった。
「実はですねー。この子は元々この公園で捨てられていた子犬なんですよ。それで先日、町内会からの依頼で私が一時的に引き取ることになりまして――と言う状況なんです」
回答を事前に用意していたような口調で美沙は奏に説明する。
「あ、そうなんですねー」
なるほど、そう言いながら相槌のように奏は頷いた。
奏は先ほどの美沙の言動の訳を知る。
この子犬は捨て犬だったのだ。
「私が引き取る前、この子は誰かが世話していたみたいなんですよ。ですが、私が引き取る少し前くらいから見なくなったらしくて――。飼えない申し訳なさから、顔を出せないのかもしれませんけど・・・・・・。それで私は今、その人を探していまして」
子犬の頭を撫でながら、美沙は困った顔で言った。
奏が聞く前に美沙は事の経緯を説明する。
奏は不思議に思ったが、それを追及するよりも、
まずは子犬の情報を得ることが優先と考えた。
「中々難しいですね。それだけの情報で人を探すのは」
眉間にしわを寄せ、奏は渋い顔をした。
人探し。
何か一つでも特徴があれば、まだ探せる気がする。
「なんとかなりません? ――神さま」
美沙は少し俯き、困った顔のまま首を傾げる。
その表情はどこか奏に期待しているようにも見えた。
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