第14話 公園での事件


 町内のとある公園。


「ここですね」

 資料を眺めて、祐樹は周囲を見渡す。

 その様子だと、彼がこの資料を見るのは初見のようだ。

 資料と現物が同じなのかを祐樹はじっくり確認している。


 ――正直、長い。


 重点的なとこだけ見ればよいのではないか。

 奏はそう思いながらも、祐樹の行動を止めなかった。

 

 止めるも何も、

 僕は彼の同僚でもないし、まして刑事でもない。


 現在、午後三時。

 多くの子供が公園で遊んでいた。


「ここですね」

 納得したように小さく頷くと、誇らしげな顔で奏に言った。

「ここです――か」

 奏は何かを探すような動きで周囲にあるものを確認する。

「これは・・・・・・」

 眉間にしわを寄せ、奏はあることに気づいた。


 公園に面した大通り。


 郵便や宅配の路上駐車が多いため、

 走行する車から公園側への視界が非常に悪かった。


「この通りですね。一ヶ月前、橘秀美さんが事故に遭った場所は」

 道路の脇に立ち止まると、祐樹は淡々と事故の内容を説明していく。


 事故が起きたのは今と同じ午後三時頃。


 となると、現場の状況は今と同じような状況だったのだろうか。

 奏は推測する。


「それで事故の原因は?」

 道路を行き交う車を眺め、奏は解せない顔で祐樹に聞く。

「運転手からの証言によると、秀美さんが急に飛び出してきたとか。慌ててブレーキを踏んだが間に合わず――――だそうです」

 想像しているように祐樹は辛そうな顔で言う。

 運転手からは災難だった。そう言いたげな顔だ。


 もしかすると、昔の自分も今の彼と同じ顔をしていたかもしれない。


 ――いや、していただろう。

 あの頃の僕は。奏は確信する。


 立場が変わると思うことも違うのか――。

 奏は言葉ではわかっていたことを実感した。


「急に飛び出した理由は?」

 資料に何か書いてあるかもしれない。

 奏は念のため祐樹に聞く。

「書いてませんね・・・・・・。そりゃ、わかりませんよ」

 資料を眺め、祐樹は険しい顔をする。


 わかりませんよ――。

 実際はそうかもしれない。

 だけど、そのわからない何かの答えを見つけるのが仕事なんだよ。


 ――君も、かつての僕も。


「なあ、中井くん」

「どうしました、桜木さん?」

 舎弟のように奏に近づき、聞き漏れの無いように耳を傾けた。

「最初にここに来て、どう思った?」

 公園全体を眺めるように奏は祐樹に言う。

「どう思った・・・・・・? 子供が多いなーとかですか?」

 奏の言葉の真意がわからないのか、祐樹は不思議そうな顔をする。

「この現場を見てだよ」

 奏は少しだけ棘のある口調で言う。

 今ではないが、ここは過去に現場だった場所だ。

「・・・・・・正直、事故が起きたのは必然的だと思いました」

 躊躇っていた言葉を吐き出すように祐樹は言う。

「事故が起きることは想像がつく――そうだろ?」

 奏は振り向き、真剣な眼差しを祐樹に向ける。


 秀美さんの事故の前から、この場所で事故が起きるリスクは十分にあったのだ。

 少なからず、後に子供の飛び出し事故が起きてもおかしくはない場所である。


「はい」

 唾を飲むように祐樹は真剣な顔で頷く。

「つまりだ。この場にいたら、わかるだろ?」

 道路側からの飛び出しによる事故を――。

 必然的に推測できた。

「そうですね」

 祐樹は何食わぬ顔で奏の言葉に共感する。

「だが、秀美さんは起こしてしまった」

 奏は眉間にしわを寄せ、解せない顔でそう言った。

 秀美さん自身、健康体で認知症と言った症状も無かったと聞く。


 それにこの事故は起きた――ではなく、

 起こしてしまったが適しているのかもしれない。

 奏は現場を見て、そう感じていた。


「・・・・・・つまり、どういうことです?」

 奏のその言葉に祐樹は聞き返す。

「秀美さんにそう駆り立てさせた何かがあったんだよ」

 奏は車道を見つめ、目を見開いてそう言った。


 思考すらも忘れ、咄嗟に動いた理由が――。

 奏は推測する。


 果たして、それが何なのか――。

 事故の資料を見ても、確証を得ることは出来なかった。


「駆り立てさせた何か・・・・・・?」

 どうして。そう言いたげな顔を祐樹はする。

「うん。僕らに馴染みのある言葉だと――衝動的かな」

 不思議そうな顔をする祐樹に奏は柔らかな口調で言う。


 衝動。

 犯罪者が犯罪を起こす理由の一つでもあった。


 衝動的に――。

 理性的に――。


 それらを回避することができていれば、減らせた犯罪もあったはず。

 しかし、それが難しいからこそ、良くも悪くも人間なのだ――我々は。

 奏は過去の事件を思い出しながら、ふとそう思った。


「なるほど・・・・・・衝動的ですか」

 祐樹は納得した顔で右手を口元に当てる。

「とりあえず、事件の内容はわかったよ。ありがとう、中井くん」

 奏はそう言うと車道へ背を向けて、大きく深呼吸をした。

「どういたしまして。緒方さん」

 丁寧に祐樹は奏に一礼する。

「――あ、もう僕は緒方じゃないんだよ」

 言っていなかったね、奏はそう補足した。

「あれ? そうなんですか? 課長からは緒方緒方って言われていたんで、てっきり・・・・・・」

 祐樹は可笑しいな、そう言いたげな解せない顔をする。

「あー、あの人は・・・・・・。まあ、しょうがないか。今は桜木って言うんだ」

 奏は小さくため息をつくと、笑顔でそう言った。


 青井さんはかつての同僚だ。

 自分を緒方と言うのは仕方ない――。

 奏は納得する。


「そうなんですね。失礼しました、桜木さん」

「これから、よろしく中井くん」

「はい」

 そう言うと祐樹は奏に一礼して、車で署へと戻って行った。



 視界から祐樹の車が見えなくなる頃。

「さてー」

 公園の入り口で奏は気持ちを切り替えるように大きく息を吐く。


 この事故の背景には何かありそうだ。

 昔の自分だったら見落としていただろう。

 でも、今の自分だったら――。

 奏は考える。


 かつて健吾さんが事件の真髄を見抜けたように――。

 僕はそうありたい。


「僕も変わったなー」

 奏は改めて過去との自分との違いに気づいた。


 視野の変化。

 物事に対する見方がだいぶ変わったように感じる。


 今の自分なら、昔の視野と今の視野の両方を使えるような気がした。



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