第12話 買い物(2)
最近、この生活がしっくり来るようになった。
京子はスーパーに向かう途中、ふと空を見上げ思った。
「どうしてだろ・・・・・・?」
京子は歩きながら呟き、首を傾げる。
特にしっくり来る理由が見つからなかった。
でも、不思議としっくり来ている。
「案外、私は人に何かをするのが好きなのかな?」
神さまにご飯を作ったり、身の回りのことをしたり――。
不思議と苦ではない。
現に半年前の私は中学校へ通いながらも、
三人分の夜ご飯や洗濯、掃除などの家事をやっていた。
おそらく、その時に身に付いたものだろう。
だから、二人分の家事は無理なく出来ているのかもしれない。
――納得。
京子はここ一ヶ月のことを振り返っていた。
「――あった」
スーパーで買い物をする中、京子はパンコーナーで黒糖饅頭を見つける。
しかし、在庫は残り一点。
京子と黒糖饅頭の距離は十メートル。
これはまずい――。
京子が急ぎ足で向かうと、目の前で黒糖饅頭を取られてしまった。
「あっ」
目の前の光景に思わず、京子は声に出してしまう。
その声に驚いてか、黒糖饅頭を手に取った年配の男性はビクッと驚いた。
京子と驚いだ男性は無言で見つめ合う。
「君もこれを・・・・・・?」
手に取った黒糖饅頭をまじまじと見つめ、男性は申し訳なさそうにそう言った。
「いやまあ、はい・・・・・・」
男性の顔を見るなり、京子も申し訳ない気持ちになった。
「ごめんね、妻の四十九日が近いもんでね」
男性は申し訳なさそうに頭を下げる。
「あっ、奥さんがですか・・・・・・。それは申し訳ないです」
京子は慌てた顔で男性と距離を取った。
四十九日。
と言うことは、この男性は奥さんを亡くしているのだ。
一ヵ月前にも聞いたその言葉――。
京子はその言葉をまた聞くとは思ってもいなかった。
「気がつけば、私は妻に何もしてあげられていなかった。だから、せめて今の私が出来ることを・・・・・・。妻が好きだった黒糖饅頭をそえることくらいしか――」
男性は謝罪をするような口調で俯く。
返す言葉が思いつかない――。
京子は男性の前で呆然としていた。
「――すまない。突然、こんな話をして」
数秒後。はっと気がついた顔で男性は言う。
「いえ、こちらこそ・・・・・・。お力になれなくて申し訳ございません」
一歩下がり、京子は深々と頭を下げる。
「お嬢ちゃん、無理もないよ。他人とはそう言うものだ。それにもう――」
男性は続く言葉を躊躇する。
「もう――?」
続く言葉を待つように京子は唾を飲む。
「もう私は一人なのだから」
京子に背中を向けて、男性はその場から離れて行った。
「一人――」
その単語が京子の中で残響のように響いていく。
かつての私。
この町へ来る前の私だ。
あの男性は紛れもない過去の私なのだ。
だとしたら、私はいったい男性に何が出来るのか。
何か力になれないのか――。
京子は呆然とその場で考え込んでいた。
しばらくして、京子は我に返る。
買い物が何一つできていなかったのだ。
「ああっ」
慌てたようにそそくさと買い物を済ませ、スーパーを出て行く。
京子がその男性を橘康と知るのはまだ先のこと――。
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