第11話 買い物(1)
午後六時。
京子が家に帰ると、奏は事務所にいた。
「お疲れ様です。神さま」
「おかえり、きょう」
奏は京子の方を向き、笑顔で京子を迎える。
事務所の机の右側には書類が重なり、二十センチほどの山になっていた。
不思議と切羽詰まったような雰囲気を京子は感じ取る。
「その・・・・・・、神さま?」
「ん? どうしたのきょう?」
「目がしょぼしょぼしていますけど大丈夫ですか?」
笑顔を向けてくる割にその目は笑っていなかった。
京子は心配そうに奏を見つめる。
どうやら、その様子だと二度寝はしていないようだ。
――良かった。
「んー、今日やるべき仕事が出来てなくてさ・・・・・・」
椅子の背もたれに寄りかかり、困ったようにため息をつく。
「何かあったんですか?」
いったいどうしたのだろうか。京子は心配になった。
「・・・・・・町内会長に呼ばれた」
あまり思い出したくないような顔で奏は言う。
「町内会長と言うと・・・・・・。さくらぎの一番のお客さんなんですよね?」
奏から教えてもらったことを京子は思い出した。
万屋・さくらぎにとってはそう言う人だろう。
「そうなんだけどね・・・・・・」
そのはずなんだけどなー、とそう呟きながら腕を伸ばす。
「・・・・・・お疲れ様です」
何かを察したように京子は軽く一礼する。
「まだ今日の仕事は終わらないかな・・・・・・」
隣の書類を見て、奏は再びため息をつく。
「夜ご飯、どうします? これから買い物に行きますけど、神さま何か食べたいものありますか?」
疲れている神さまが食べたいものを作りたい。
気がつけば、神さまとの生活に慣れている。
京子は自分でも不思議な感覚だった。
「食べたいものかー。――肉じゃがとかかな?」
腕を組み、悩んだ顔で奏はそう言う。
一瞬、京子――と冗談で言おうとしたが、
京子は冗談でもその意味を知らないかもしれない。
少なくとも、姉さんがそんな話を教えるとは到底思えないし。
それに京子のことだ。
冗談とは言え、忠実に従ってしまうかもしれない。
それはそれで避けねばならなかった。
奏はその発言を咄嗟に止めた。
「神さま、案外手間が掛かるのを希望してきますね・・・・・・」
調理手順を考えて、京子は少しだけ面倒な顔をする。
そして、呆れたような顔でじーと奏を見つめていた。
これはジト目って言うんだっけ――。
こんな京子も勿論、可愛い。
「ああっ、ごめん! きょう!」
奏は目が覚めたようにハッとして、慌てた顔をする。
これ以上、見つめられたら、変なスイッチが入りそうだった。
「良いんですよ。それで神さまに満足していただけるなら、私は――」
少しうっとりとした顔でゆっくりと京子は言った。
この人に満足してもらえるなら、少し面倒でもやらねばならない。
それが私の仕事でもあるのだから――。
京子は自身の決意を思い出す。
「そ、そう? あ、あと――」
不思議そうな顔をすると、奏は何かを思い出す。
「まだ食べたいのあるんです?」
「えっと――黒糖饅頭食べたい・・・・・・」
物欲しそうな顔で京子を見つめ、奏は言う。
五時間ほど連続して書類を作成しているせいか、身体が糖分を欲していた。
「黒糖饅頭ですか?」
てっきり料理と思っていた京子はポカーンとした顔で首を傾げる。
「うん。パンコーナーにあると思うよ」
スーパーの店内を想像しながら、奏は言う。
あのこしあんが温かい緑茶と合うのだ。――素晴らしく。
「あー、わかりました。それでは行ってきます」
位置を理解したのか京子は頷くと、制服姿のまま事務所を出て行った。
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