第8話 出会って1ヶ月


 京子がこの町に来て1ヶ月。


「神さまー、おはようございますー」


 午前七時。

 京子は奏の部屋の前で扉をノックして大きな声でそう言った。


 気がつけば、炊事と洗濯は京子の担当になっている。

 住まわせている身だから、そう言って京子が志願したのだ。

 あまりの積極的な姿勢に奏は了承してしまう。


 と言うより、京子が料理できることを奏は京子と暮らすまで知らなかった。


 本人に話を聞くと、どうやら母である玲子が出かけることが多かったため、自然と料理が出来るようになったとのこと。 

 あながち姉さんのことだから、衝動的に誰かの手助けをしていた結果、娘を放置してしまっていたんであろう。

 奏はそう推測した。


 一人で台所に立ち、自分の料理を作る中学生の京子を想像するだけで、申し訳なさからか胸が苦しくなる。


「はーい・・・・・・」

 部屋から奏が寝ぼけた声でそう答える。


 まだ眠たい。

 京子がいなければ、眠気に負けて二度寝しているところだ。


「もう、朝ごはん出来ますからねー」

 奏の返事を聞くと、京子はそう言って笑顔でリビングへと戻っていった。

 

 まさか、誰かに起こしてもらう日がまた来るとは――。

 目覚まし時計ではなく、人に起こしてもらうのなんて十年ぶりくらいだ。

 奏は不思議と懐かしい気持ちになる。


 ――まあ、その起こしてくれた人が京子の母である玲子であることを、奏は寝ぼけながらも思い出す。

 

 つまり、僕は同じくだりを十年前もしていたと言うことだ。

 

 十年の時を経て、今度は娘に起こしてもらっている。

 不思議な感覚だった。


「おはようございます、神さま」

 寝ぼけながらもリビングに行くと、制服姿の京子が台所から顔を出す。


 制服にエプロン姿は自然と家庭的な雰囲気を出していた。

 朝から、愛らしい京子の姿を見ることが出来て奏は幸せな気持ちになる。


「おはよー、きょう」

 あくびをしながらも挨拶をする。


 リビングのテーブル席に座ると、温かい緑茶が置いてあった。

 台所から出てきた京子も向かいのテーブル席に座る。


 エプロンを着けたままの京子と目が合った。

 寝ぼけているせいか、焦点が合わない。


「神さま、まだ眠いんですか?」

 眠そうな奏を見て、首を傾げながら京子は微笑む。

「あー、うん」

 眠気のせいか、身の無い返事をする。

「とりあえず、飲みますか」

「そうだね」

 とりあえず、二人でひと息して、同時に緑茶を飲んだ。


 毎朝、暖かい緑茶を飲む。

 これが平日のルーティンだった。


「落ち着くなー」

 湯呑をテーブルに置いて、奏はしみじみとした顔で言う。


 不思議と目が覚めていく。

 今なら、京子の愛らしい姿が良く見えた。


「そうですねー。――あ、目玉焼き焦げちゃうー」

 気がついたように京子は慌てて立ち上がり、台所へと戻っていく。

 

 二人揃って朝食を食べ終えた。


 その後、京子は学校へ、

 奏は一階の事務所へと向かっていく。



 あれから、1ヶ月。

 お互いにこの生活が慣れた様に見えた――。

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