第7話 最初のお仕事(2)


 こうして、書庫の前。


「それじゃ、この段ボールには本を、この袋にはごみを入れて頂戴」

 依頼内容を説明した後、幸恵はそう言って家へと戻って行った。

「わかりました」

 持ってきた軍手を付け、奏は一礼した。

 書庫の扉と窓を全開にして、作業を始める。


 作業を進めていく中で、

 昔この書庫に来たことがあることを奏は思い出した。


「――神さま」

 古文のような本を何冊も持って、京子は奏を呼ぶ。

「ん? どうしたのきょう?」

 棚にある本を取り出しながら、奏は言う。

「その・・・・・・、普段は神さまが一人でやっているんですか?」

 ふいに思ったのか不思議そうな声で言う。

「いつもは僕一人だね」

 いつもはと言うより、書庫の掃除は奏も初めてだった。

「やっぱり、一人と二人は違うものですか?」

 てきぱきと身体を動かしながらも京子は言う。


 行動の手際の良さは姉さん似だが、

 物事の捉え方は健吾さん似のようだ。


 姉さんなら、何も言わずに無心で動く。

 終わった後にたくさんしゃべる、そんな人だった。


「そりゃね、倍違うよ」

 可笑しそうに奏は笑う。

「そうですよね。失礼しました」

 京子はそう言うと、仕事のスピードを上げていく。



 休憩を挿みながら三時間。

「あらま、こんなに綺麗に」

 書庫に来た幸恵は感心した顔で言う。

 結果、本は段ボール六個分、ごみ袋は五袋分になった。

 本もゴミも無くなった書庫は部屋の一室のように見える。

「いかがでしょう、長谷川さん」

 奏は幸恵の隣で業務成果を確認する。

「ベリーグッドよ、神さま。ありがとう」

 右親指を立て、幸恵は笑顔を向ける。

「「ありがとうございます」」

 奏と京子は大きく一礼し、この場を後にした。



「お疲れ様、きょう」

 家までの帰り道。

 奏は歩く京子にそう言った。

「お疲れさまです。久しぶりですよ、こんなに汗を掻いたのは」

 何かに満たされた顔で京子は言う。

「僕もだよ。久しぶりに良い運動をした」

 最近は事務所でのデスクワークが多かったところだ。

「それに――」

 何かを思い出す顔で京子は立ち止まる。

「それに?」

 奏も立ち止まり、続きの言葉に耳を傾けた。

「人にありがとうって言われるのは、なんだか気持ちが良いですね」

 幸恵の言った感謝の言葉が京子の中で復唱されていく。

「そうだよね。また、頑張ろうって思える」

 奏もさくらぎを始めるまで知らなかった感情だった。

「そうですね。私もそう思います」

 同意を示すように大きく頷く。

 

 誰かのために自分が出来ること。


 ――君のお母さんがやってきたように。


 そう言いたい気持ちを奏は必死で堪えた。

 この町にいた時の姉さんは誰からも愛される、まるで太陽のような人だった。

 

 困っている人がいたら、後先考えずに助けようとする。

 姉さんの判断力と行動力の速さは美千代さんよりも速かった。

 奏は当時のことを思い出す。


 やがて、京子も姉さんのようになるのだろうか――。

 そう思うと、不思議と嬉しくなる。


「そのー、神さま」

 家の前に着くと、京子が言う。

「ん?」

 ポッケから鍵を探しながら奏は不思議そうな顔をする。

「これから、よろしくお願いします」

 幸せそうな笑みで京子は奏に言った。


 ふいに奏は葬儀での彼女の姿を思い出す。

 絶望に溢れた彼女の姿を。


 そんな彼女は今、笑顔を自分に向けている。

 そう考えると、この町に来たことは正しい選択だったのかもしれない――。


「よろしく、不知火京子さん」

 奏が右手を向けると、京子も右手を出し、握手をする。


 こうして、僕らはここにいる。

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