第6話 最初のお仕事(1)


 土曜日。

 奏と京子は町内の一戸建ての家の前にいた。


「あれ・・・・・・? 長谷川さんの家ってこんなに大きかったっけ?」

 住所と表札を確認し、奏はまじまじと家を眺めていた。

 どうやら、その横にある木造の倉庫が依頼のあった書庫のようだ。

 確かに昔の記憶を思い返してみると、こんな感じだったような記憶もある。

「あのー、神さま」

 すると、背後から覇気の無い声が聞こえる。

「ん? どうしたの、きょう?」

 振り向くと、京子が瞬きを繰り返しながら呆然としていた。

「私たちはここで何をするんですか・・・・・・?」

 やけに不安そうな顔で言う。

 ここへ来た経緯を説明していなかったことを奏は思い出した。

「あー、えっと――あそこに倉庫みたいのが見えるだろ?」

 話を変えるように木造の倉庫を指差す。

「あ、はい」

「おそらく、今日の仕事はあそこのお掃除です」

 長谷川さんから詳細を聞いてはいなかったから、断定的ではあるけど。

「お掃除・・・・・・?」

 ぱちぱちと瞬きを繰り返し、京子は奏を見つめた。

「お掃除です」

 微笑み、奏はゆっくりとはっきりと言う。

「そうですか・・・・・・」

 何度も頷き、自分を納得させているような仕草をする。

「どうしたの?」

 その様子だと納得していないように見える。

「そのー、本当におばあちゃんの言っていた通りなんだなって思いまして」

 少し呆然とした顔で京子は言う。

「えっ、むしろ、言っていた通りじゃないと思っていたの?」

 奏も同じような顔で京子に言う。

 無言で見つめあう二人。

 途端に不穏な空気が漂う。

「その・・・・・・、おばあちゃんが言っていたのは建前とかなのかな? もしかして、如何わしいことなんじゃないかな? って正直思っていました・・・・・・」

 顔を赤くして恥ずかしそうに京子は俯く。


 如何わしいことって――。

 京子を見つめ、奏はよからぬ妄想をする。


 いかん。考えるのを止めよう。

 姉さん、ごめんなさい。


「んー、如何わしい仕事は無いよ」

 邪念を振り払うように強く目を瞑ってから、奏は何食わぬ顔で言う。

「如何わしい仕事は――? それ以外はあるんですか?」

 信じられない顔を向けられ、奏は自然と罪悪感を覚える。

 

 一言を拾われる――。

 まるで、美千代のような一面に奏は驚いた。


「・・・・・・コスプレはあるかもしれない」

 思い出したような顔で奏は言う。

 コスプレと言うか、テナント衣装と言うか――。

「コスプレですか・・・・・・? 神さまの趣味とかですか?」

 目を細め、蔑むような顔で京子は奏を見つめる。

 言葉の詰め方が美千代に似ていて、奏は焦った。

「いや、違うよ? ・・・・・・と言うより、それは仕事じゃないよね?」

 焦りながらも、奏は慌てて言葉を返した。

 仮に僕の趣味だとしても、無論、京子に強要は出来ない。

「――あ、確かにそうですよね」

 京子は何食わぬ顔で納得する。

 変に冷静なところは健吾さんに似ている――。

 奏はそれを実感していた。

「例えば、町内会にある何かの紹介とかで、コスプレみたいな服装に着替えることはあるかもしれないけどね」

 過去に玲子がしていたことを奏は思い出し、さっきの自分の言葉に補足する。

 

 あの時の姉さんはパン屋の服装をして、笑顔でパンを売っていた。

 

 姉さんが絡むとその日の売り上げが三倍以上になると、

 一時期有名になっていたことを奏は思い出す。


 確か、最高で十倍だったかな――。


「あー、なるほど。それは・・・・・・仕方ないですね」

 考えるように京子は小さくため息をついた。

「仕方ないの?」

 意外な言葉に奏は呆然とした顔をする。

「仕事ですからね・・・・・・」

 渋々と言った顔で京子は言った。

 どうやら、彼女の中である程度のことは仕事で割り切れるのかもしれない。

 京子の渋々のその顔が奏には不思議と愛らしく見えた。

「とりあえず、今日は書庫のお掃除です」

 気持ちを切り替えるように奏は右手で書庫を勢いよく指差す。

 そうだ。そろそろ僕らは仕事スイッチをオンにしなければならない。

「初仕事はお掃除ですか」

 深呼吸をすると、京子は張り切った顔になった。


 張り切るその姿は姉さんに似ている。

 奏はその姿を見て、懐かしい気持ちになった。


 よくわからないところで空回りしなければ、実に頼もしい戦力だ。


 ちなみに昔、姉さんはレストランの手伝いをしていたことがある。

 その時、張り切り過ぎて逆に平皿を何十枚割ったと言う伝説があった。


 姉さんの娘とは言え、京子にはそうならないで欲しいと奏はつくづく思う。

 

 恐る恐る奏は表札の下にあるインターホンを鳴らし、名前を告げる。

 すると、インターホン越しでは無く、中年の女性が直接玄関から出て来た。


「いらっしゃ――ああ、神さまじゃない!」

 インターホンで名乗ったにも関わらず、女性は奏を見るなり飛びつくような勢いで向かってくる。

 パーマがかかったやや中年太りの女性。

 彼女の名前は長谷川幸恵さん。今回の依頼主だ。

 

 この人の元気な性格は昔から変わらない――。

 奏は幼い頃を思い出していた。


「どうも、長谷川さん。一週間ぶりですね」

 迫ってきた幸恵に奏は引き気味に言う。

「あれ、そんな最近? てっきり、一ヶ月以上前かと思っていたわよ」

 奏の背中を叩き、幸恵は嬉しそうに笑う。

 その光景に京子はついて行けず、呆然としていた。

「あれ、どうしたのその子? もしかして――神さまの今の彼女?」

 隣にいた京子に視線を移し、幸恵は驚いた顔をする。

「いやいや、彼女じゃないですよ!?」

 奏は目が飛び出るような驚き方をする。


 突然、何を言い出すんだこの人は――。

 幸恵の言葉は予想外だった。


「わ、私は不知火京子と言いますっ。さくらぎでバイトをさせて頂いています」

 幸恵と目が合った瞬間、京子は慌てたように自己紹介をした。

 初仕事であるが、自分がさくらぎのバイトであることは変わりない。

「不知火――京子ちゃんね。今日はよろしくね」

 その名を聞いて幸恵は笑顔で返し、奏へと静かに視線を戻した。

 奏は京子にわからないような素振りで小さく頷く。

 幸恵さんは京子の素性を理解したようだった。

 現に姉さんたちの葬儀にも来ていたし、隠すことは無いだろう。

 それをここで言及しない辺り、気を遣ってくれているに違いない。


「はいっ、よろしくお願いしますっ」

 京子はそう言って元気よく一礼する。


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