第3話 あれから一週間


 ――数日後。


 今日は高校の入学式。

 京子は制服姿で新入生の列にいた。

 

 体育館の天井を見上げ、二十年前は母もこの場所にいたのかとしみじみ考える。

 入学式が終わり、教室でのお昼時間。

 何人かのクラスメイトは仲良く話している。

 どうやら、彼女たちの会話を聞くと彼女たちは同じ中学の同級生のようだ。

 もしかして、この高校は地元の中学校からの進学率が高いのかもしれない。

 それに仲が良い関係に突然入る勇気は無かった。

 と言うことは、しばらく私は一人かもしれない。

 京子は自席で一人、小さくため息をついた。


「あのー」

 すると、ため息をついていた京子の前に一人の少女が現れる。

 京子よりも少し背の高い、ストレートのセミロングヘア―をした少女。

「・・・・・・?」

 突然声を掛けられ、ポカーンとした顔で京子は少女を見つめる。

 私と会うのは初めてなはず。

 なのに、不思議と彼女とは初対面な気がしなかった。

 それか彼女の雰囲気の影響なのだろうか。

 彼女の雰囲気は、柔らかく親しみやすい雰囲気をしていた。

 京子が感じた少女の第一印象は、親しみやすい可愛い女の子だった。

「その・・・・・・一緒にお昼食べても良い?」

 彼女はしゅんとした顔で申し訳なさそうに言う。

 あまりに申し訳なさそうなその顔に京子は不思議と罪悪感を覚えた。

 どうして、そんなに申し訳なさそうな顔をしているのだろうか。

 別に彼女が何か悪いことをしたわけでもない。

 それか言い辛い雰囲気が私にあるのだろうか。

 様々なことを考えたが、私の答えはただ一つ。京子は心の中でひと息ついた。

「良いよ」

 断る理由は何一つない。

 京子は笑顔でそう答えた。

「では――お邪魔しますっ」

 小さく頭を下げると彼女は前の席を反転させ、京子と対面的に座る。

 良いよと言った瞬間からの手際の良い行動に京子は驚いた。

 私が断らないと確信していたのだろうか。

 

 彼女の名は稲垣紗英。

 話を聞くと親の仕事の都合でこの町に来たらしい。


 次第に紗英の表情に笑みが浮かんできた。

 京子はその姿を見て、これが彼女の普段の姿であると理解する。

 

 ――お母さん、私に友達が出来ました。



 ―――



 午前十時。

 万屋・さくらぎ。


「ちょうど式が終わった頃かな・・・・・・」

 奏は事務所の机の椅子に座り、温かいお茶を飲んでいた。

 もうそろそろ入学式が終わる頃だ。

 心配で行こうかと思ったが、行ったら行ったで後々町内の人から京子との関係を詮索されるのは避けたかった。

 この町の情報網を考えると、遅からずその情報は彼らの子である京子の同級生にも耳に入るだろう。

 それに今の校長は僕がいた頃は学年主任を務めていた。

 いやでも記憶に残っているだろうから、すれ違えば気づかれるだろう。

「にしてもなー」

 そう言って奏は両腕を上げ、身体を伸ばす。


 ――誰がこんな未来を想像していたか。


 まさか、自分と京子が一緒に住むなんて――。

 少なくとも一年前の自分は想像していなかっただろう。

 世の中、本当に何が起きるかわからない。

 奏はこの身を持ってそれを実感した。


「きょうは大丈夫かなー」

 奏は少しお茶を飲むと、ため息のように大きく息を吐いた。

 京子は無事、この町の学校に馴染めているだろうか――。

 あの高校はほとんどが地元の中学からやって来る。

 そのため、京子のような都会からやって来る生徒は中々いなかった。

 上手く似たような生徒と出会えれば、もしかしたら友達になれるかもしれない。

 けれど、そんな都合の良い生徒はいるのだろうか。

 お茶を啜りひと息。奏は再びため息をついた。

「ひとまず、一週間――」

 

 京子がこの町に来て一週間。

 つまり、一緒に暮らして一週間。


 関係性としては、特に良くも悪くもない状況だ。

 両親を亡くしたショックは少しずつ和らいでいるように見えるが、再びショックを受けてしまう可能性もある。

 それは正直、予測がつかない。


 京子の母である玲子と

 父である健吾が事故で亡くなって三ヶ月。

 

 玲子は奏にとっては義姉であり、

 健吾は奏の前職の上司である。

 

 色々な事情で京子は義弟である奏が引き取ることになった。

 京子には祖母である美千代から、ここへは住み込みのバイトと言う体で伝えている。


 ショックのせいなのか、今の京子の記憶に奏の存在は無い。

 事実、奏と京子は幼少期、五年ほど一緒に暮らしていた。

 京子と再会する時に、もしかしたら――。

 そう考えていたが、京子は何の抵抗も無く奏を赤の他人として接している。

 それは都合の良いようで都合の悪い現実だった。


「いつ思い出すかもわからない・・・・・・。けど――」

 奏は何かを決意したような顔をする。

 

 僕たちは過去の関係よりも、今の関係のほうが良いのでは。

 

 赤の他人と暮らす。

 今の京子にはそんな新しい生活のほうが良いのかもしれない。


 彼女が少しでも心を切り替えることが出来るのならば、僕は――。


 僕はあの日から彼女と生きると誓った。

 彼女が生きやすい世界を作れるなら、喜んで嘘をつこう。


「まあ、僕もここから新しい生活だもんなー」

 二ヶ月前に刑事を辞め、奏は万屋・さくらぎを始めた。

 刑事を辞めた理由はここで京子と暮らすため。

 刑事を続けていれば、無論京子の傍にはいることは出来なかった。

 さくらぎでは刑事の頃とは全く異なる。

 事務仕事や力仕事、雑用と言った様々な仕事の依頼を貰うようになった。

「それもこれも史雄さんのおかげかな」

 奏がさくらぎを始めた直後、数件の仕事が来た。

 数件の仕事。その仕事のほとんどは町内会からの依頼だった。

 それはきっと、奏の義父であり京子の祖父である史雄が営んでいた頃の信頼が今も続いているからだろう。

 

 相変わらず、信頼とは芯であり、根強いものなのだ。


「さて・・・・・・。今週末は書庫の掃除かー」

 少しだけ張り切った声を出し、机に置いてある依頼用紙に目を通す。

 町内会の長谷川さんからの依頼だ。

 長谷川さん夫妻と言うと、確か史雄さんたちの同級生のはず。

 奏は懐かしき記憶を思い出していた。

「掃除なら、京子と一緒でも大丈夫かな・・・・・・?」

 依頼用紙をまじまじと見ながら、仕事内容を想像する。

 彼女には万屋の仕事を手伝ってもらう代わりに住居を提供することになっていた。 

 それ故、自然と彼女には万屋の仕事をしてもらわなければならない。

「・・・・・・まあ、バイト代は払わないとな」

 奏は眉間にしわを寄せ、うーんと唸りながら悩んでいた。

 姉さんたちが残した貯金があれど、まだ彼女に使うべきではない。

 学校の費用は姉さんたちの保険の一部から出しているが、生活資金は万屋の売り上げから出す予定だ。

 そうとは言え、前職よりは給料は少ない。

 自営業だから変動給で自分から仕事を取りにいかないと、この生活は持たない。

 刑事時代は安定した収入だった。


 少しずつ仕事の域を広げなければならない。

 それが万屋・さくらぎの課題だった。


 とりあえず、落ち着くまでは出来ることを最大限やる。

 それが今の目標。


「一つずつ捌いていこう――」

 奏ではそう言って、先日依頼があった町内にある古着屋のホームページ作りを始める。

 この町は高齢者が多いせいか、電子的な仕事の依頼が多い。

 依頼の規模と金額は、数千円程度のものが多いが、収入源には変わり無い。

 それを日々積み上げた結果、生活がある。

 

 それが営むと言うこと。

 奏は実感する毎日だった。


「よーし」

 張り切った顔で腕をまくり、仕事を再開していった――。

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