[06]お前は想像以上に察しが悪いな(侮)

 話を持ちかけるとサーディレは、とくに驚きもせずに引き受けてくれた。


「了解した」

「通称”聖姫”の守護霊について、皇子はどの程度ご存じですか?」

「私が知っているのは、聖姫以外には守護霊は見えないことと、あとは……そうだ、守護霊は最初から傍にいるのではないことだ。従姉が言っていた。理由までは聞かなかったが」


 その従姉とは、神楽姫の姉……血が繋がっていないことが判明したいま、神楽姫がどうなっているのかは解らないが。

 実は「聖の血筋を偽った者」に関して、国はとくに罰則を決めていない。

 なぜなら、偽った者に対して神が罰を与えるから。神を怒らせた者に人は触れない……ということ。

 神楽姫が神の怒りに触れたかどうかは、私は知らないが。


 じわじわとやられることだけは、なんとなく解る


「その通り、私たちの守護霊はある程度成長してから現れます。事実私も、ある程度成長してから、四條と出会いました。ところでその”ある程度”はどのくらいか解りますか?」

「さすがにそれは解らない」

「お教えしましょう」

「いいのか?」

「隠していることではないのです。聖の血を引く女と守護霊の対面は、女が言葉を喋ることが出来るようになり、家族と召使い、それ以外を見分けることが出来るようになって、初めて現れるのです。意味がお分かりでしょうか? 聖家の当主の姉が生後間もなく亡くなったとしても、不思議ではない」


 意味は説明するまでもないが、理解できない時期に守護霊が訪れることは、良くないのだ。守護霊は人間の世界の存在する私たちに遣わされたものであって、人間社会を知らない者に従うわけではない。

 人間が形成する最初で最も小さい基本の世界である家族とその周囲の者たちと、守護霊を見分けられないと困る。


「異質を見極め他者に発信することができなければ、そこにことを、当主に教えることができません。言葉の分からない幼子が、宙を見て唸っているのを見て、”神の使いがそこにいる”などと歪曲されても困りますから」


 似非宗教は「実はこの子は聖家の血を引いているが愛人の子で……」という導入で、幼い子どもに虚空を指差させるのがもっとも多い。

 そして注意喚起しているのに、引っかかる人も多い。


「そうか。稀に聖姫の誘拐という話を聞くが、それは全て守護霊が付く以前の話なのか」

「そうです。聖姫と守護霊の話は一度終わります。ありがとうございました、サーディレ皇子」

「いいや、こちらこそ。聖家への理解を深めることができた」


 ここまでが、聖家に生まれる聖女の幼少期について。

 ちなみに、聖家が貴族なのはある程度権力がないと、聖女を守ることができないから。


「聖姫については、このくらいで。ところで王妃の実家はどうなりました? 王妃の実家ともなれば、相応の権力を持ち、栄華を誇ってもおかしくはないでしょう」


 おそらく、王妃の実家は破滅している。

 そうでなければ、王妃がここまで追い詰められるはずがない。そして王が王妃をここまで蔑ろにするはずもない。


「王妃の実家は……」

「【じょしこうせい】がやってきたことで、破滅したのでしょうか?」


 この国の者達は顔を見合わせるが、サーディレは驚いた顔もしなかった。


「異世界召喚の常識だ。王妃の実家は性悪で、異世界から来た者が王の邪魔をするそいつらの駆除に一役買うと」


 珍しいことではない。

 だからそう王も、気付いた――【じょしこうせい】とともに、王妃の実家を排除している時は、楽しかったのだろう。



 だが見方が間違っているのだ。


「そう王」

「なんでしょうか、女神殿」


 少しだけ正気にもどったそう王。【じょしこうせい】とも少しだけ距離を取った。


「貴方の隣にいる【じょしこうせい】がいなければ、王妃の実家を排除できなかったですか?」


 そう王は頷き、周囲の部下達も頷いた。


「貴方から見たら、自分の治世が安定することであり、これで愛してもいない押しつけられた王妃と別れて、晴れて真実愛する【じょしこうせい】と結婚できると喜ばしいことだらけでしょうが、実は全く違う側面を持っていることにお気づきになりませんか?」


 こういう人たちは、なぜか自分に都合のよい様に考える癖がある。


 あと【じょしこうせい】をもとの世界に戻す話は? どっちがお望みなんだろうなあ……王妃を排除しようとしたのだから【じょしこうせい】と結ばれる派か?


 建前上、私に依頼しただけとか?


「さて、私は俗世のことには詳しくはありませんが。聖家当主”みはな”」

「はい」

「貴方が王妃の実家について知っている事を私に教えて下さい」

「かなり知っておりますので、一夜では語り尽くせませんが」

「そうですか。では先に王妃に尋ねましょう。王妃、貴方は家族は好きでしたか?」


 私の言葉に狂気から解放されていた王妃は、再び狂気それに捕らえられ……そうになったが、なんとか意識を保ち――王妃の口から語られるのは、家族から愛されないどころか邪険に扱われる自分。


 多少「悲劇のヒロイン」に酔っているが、実家で苦労し、愛されると信じてやってきた王宮で疎まれ、どこかからやってきた得体の知れない【じょしこうせいみさき】とやらに、嫌っていたが実家は破滅させられて、頼る家もなければ王の愛もなく、悶々としていたとなれば、そのくらいの脚色も許されるというもの。


「それで結構です。ではもう一度聞きます”みはな”。王妃の話に登場する、王妃を虐めた伯母というのは何者ですか?」


 ”みはな”は周囲の者達と顔を見合わせてから、語りづらそうにして、だが真実を述べた。


「王妃の伯母というのは”そう王”の母親と王妃の座を争い、敗北したと言われています。正直に申しますと”そう王”の母親であった故王妃は、王妃と仰ぐのを拒みたくなるような存在でした」

「貴様!」

「黙っていてください。まあ、王妃の伯母がどのような手段で追い落とされたのかは尋ねませんけれど、結婚せずに実家にいることになった……という点で、大体のことが解りますね」


 噂で嫁に行けなくなった……となれば、大体のことは想像がつく。ろくでもない色ボケ王の母親に相応しい人物だったのだろう。


 これで情報は出揃ったわけだ。なので、私が正しくつなげてやる。


「誰から見ても、王妃の伯母は”そう王”を怨んでいたというのは間違いなさそうです」


 ぐるりと見回すと、誰も異論は唱えなかった。


「さて、王妃の伯母が復讐として選んだ手段。それは聖家を使うことです…………まどろっこしいことは止めますね。王妃は聖姫です。さあ、聖姫を蔑ろにした王国はどうなるでしょうね?」


 ”そう王”は、目の上のたんこぶがなくなって浮かれているが、彼女はこの国の聖家の姫。彼女を蔑ろにした国王の末路はどうなるか。


「ま、待ってくれ。どういうことだ!」



 察しの悪い男だな。守護霊が異世界人を召喚して嵌める手段をとろうと思うわけだ



「推測といいますか、簡単なことです。王妃の偽物の伯母は、貴方の母に酷い仕打ちを受け、実家に戻り、自身は悪くないのに世間に背を向けざるを得なくなった。そんな伯母を哀れに思った王妃の偽りの父である弟は、一族を生贄にして王家に復讐する事に決めた……貴族が家と一族を捧げて、神に力で復讐しようと考えるとは。貴方の母親は一体、何をしたのでしょうね?」


 きっとそう王の父親、先代王もアレだったんだろうな。そして色ボケそう王も


「復讐方法ですが、聖姫を誘拐して、自分の子として育てて、王妃にすると。まあ聖家では聖姫になる筈だった赤子の死体があったようですが、赤子をどこかから調達してきたのか、殺さざるを得ない赤子だったのか」


 ここは私が深く追求するところではないでしょう。


「さて、聖姫ですから当然、守護霊が存在しますが守護霊は、説明されなければ唯の”知らない変な人”です。見た目は良いのも居ますが、普通に生きていればまず持って奇怪な生物と認識されます。そう認識させるように育てるのです。人間と守護霊は違うと。意味は解りますね」


 異なる存在である。

 これが大事なのだ。大事であり必要であり、導きが必要となる。

 導きなく、存在を認識してもらえない守護霊がとる道は様々ある――ただ、大体ろくなことはしない……とは四條談。


 四條と同じ枠なんだから…………


「王妃の偽の家族と伯母、その一族は聖姫を誘拐した罪で滅んだのです。【じょしこうせい】が滅ぼしたわけではなく、彼女が切欠になるように仕組んだのは、王妃の守護霊です。そろそろ出て来たらどうですか? 希世とやら」


 出て来たところで、私と王妃以外には見えないわけですけれどもね。


 王妃がなにもない空間を目を見開いているのを見て、色ボケそう王は【じょしこうせい】の腰に回していた手を下ろした。


「あれは希世というのですか?」

「そうです」


 私と王妃以外の人間には見えないが……なんかこう……いかにも異世界トリップを行いそうな守護霊だなって。

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