[05]お前はまだ認められないのか?(蔑)
「もとの世界に戻してくれ」と頼まれたので、すぐに返してやると言ったら「心の準備が……」などと言い出した奴等に呆れ、軽蔑の眼差しを向けていたら、突然女性が現れた。
髪を振り乱した、やつれている女性。
着衣は高価なのはわかるが、やつれているから豪華な服と顔が釣り合っていないというか……やつれていなくても、普通ちょっと下くらいの顔だろうな。
顔のことはいいや。わたしだって容姿は百人中八十五番目くらいだから
彼女は刃物を持っていた。黙って彼女を見つめていると……
「あの女を! 陛下を誑かす、国の者たちを誑かす、あの雌狐を排除しなくては!」
「王妃!」
うん! 理由は解った。そしてこの人物が王妃なのも解った。
「落ち着きなさい、王妃。そしてこの国の人達は王妃に近寄らないでくださいね。王妃、まずは刃物を降ろして。私に、この終生女神たる私に刃物を向けてはいけませんよ」
王妃は少しは落ち着いたらしく、刃物を持っている手から力が抜けた。
その隙をついて、勝手に国の奴等が彼女に近付こうとしたので、
「近寄るなと言ったのが解らんのか! 馬鹿者」
四條に”やれ!”と指示をだした。指示と同時に、王妃に近付こうとした男は壁にぶつかり、この場にいた全ての者の背筋を凍らせる異音を発して崩れ落ちた。
「動くなといったら、動くな。馬鹿者共が。そして国王!」
「あ、ああ」
「この国の聖家の一族を大至急この場に連れてきなさい。私がここにいるのだから、城内にはいるでしょう」
私の出迎えのために来ているのは確実だ。
国王は私に言われて、指示を出す。その間、先程壁に打ちつけられて死んだ男の、穴という穴から体液が流れ出してきた。
その姿をみて【じょしこうせい】とやらが、しゃくり上げながら泣いている。
「かたり……かたり……」
”かたり”って四條に殺させた男の名前か? ……四條に視線を向けると頷いた。ふーん……わたしの命令を聞かないで死んだのだから、かたりとやらは神の国に立ち入ることはできないだろう。そんな愚物よりも、いまは王妃のことだ。
――四條。見つかったか?
(最初からみつけている)
なるほどね。あのさー計画を最初から聞かせてくれないかなあ? 私が主軸の計画なんでしょう?
神に似て性格がアレなのは解るけど
「女神、少し良いか?」
皇子が私の耳元に口を近づけて、尋ねて来た。さすが聖王国の皇子。見当がついたようだ。
彼が待ち時間の間に、小声で語った推理だが、
「ほとんど合っていますよ」
外していなかった。
……うん、第一皇子マクイスよりは優秀だと思う。さっさと国に帰って、未来の国王として頑張るといいのでは?
私たち以外は、どんよりとした空気に包まれながら、
「私はこの世界に来てはいけなかったのよ!」
「そんな事を言うな”みさき”」
「そうだとも」
下らない寸劇を演じていた。観客は私だが、あまりにも可哀想だ、私が。
異世界から召喚された【じょしこうせい】と国王その他取り巻きたちの寸劇を見ていてもどうしようもないので、王妃に視線を移した。
刃物から手を離し、狂気から開放された王妃は、疲れてしまったらしく床に崩れ落ちて意識を失っていた。
私は皇子に頼んで、ソファーのようなものを用意してもらい、そこへと横たわらせた。
そこへ、やっとやってきたこの国の聖家の当主。
彼は私を見て跪き、そしてやっと話ができることになった。死体はもちろん、そのまま。
まずは意識を失っている王妃を起こさせ、
「座ったままで話を聞きなさい」
面倒な説明をすることにした。
「聖家の当主、名前はたしか”みはな”でしたか?」
聖家の当主はやはり、普通の顔立ちで……神様、もう少し派手で人目を引く顔にしてくださいませんかね?
まあいいや……
「はい」
「”みはな”には、姉がいたと聞きましたが?」
当主みはなの姉が、聖姫のはず。
「生まれてすぐに亡くなったそうです。聖家であっても、稀に聖の受け継がない者もいますので」
「それは良いのですが”生きていたら”王妃と同い年ではありませんか?」
突然のことに、周囲は呆気にとられ、そして水を打ったように静かになった。
驚き口をはくはくとさせていた聖家の当主”みはな”は、なんとか声を絞り出す。
「と、年だけでしたら、たしかに王妃と同い年ですが」
”みはな”の言葉に王妃自身、驚いているようだ。
「さて。異世界からの訪問者は、神か守護霊の力が必要です。他の世界はどうかは知りませんが、この世界に異世界から人がやってくる手段はこの二つだけです」
お復習いをしてから――
「ここにいる【じょしこうせい】という娘に関し、神は関係していません。もしも神が欲し、異世界から娘を連れて来たのだとしたら、神は女神となる私に預けるからです」
本当に我らが神が必要に駆られて召喚したら、私のところに送られる――
「”みさき”が此処に来た時、貴方はまだ女神とはなっていなかったから、おかしなことではない」
いいや、そういうことじゃないんで、そう王とやら。
「だから神の御業ではないのだ。女神がいない時に神は異世界から人を喚びません。ですから、行ったのはこの国にいる聖姫の守護霊です」
この国には守護霊はないと言われているので、皆が顔を見合わせる。
「”みはな”お前、聖姫を隠しているのか?」
「誰が。聖姫は隠せるものではない! 口を慎め、色ボケした国王が」
確かに色ボケしてるよね、国王。
「貴様!」
「喧嘩はあと。もっとも後で喧嘩などにはならないでしょうが。それで守護霊はいないのですね”みはな”」
”みはな”以下、聖家の者たちが私に誓いを立てた。
聖家の血を持つ者達は女神に嘘の誓いは立てられない。立てると一生苦しむことになる。ただ苦しいのだが、動けないほどではなく、仕事は効率悪いが馘首にならない程度にこなし生活の糧を得ることができ、日常生活も支障はあれど送ることができる。
でも苦しい……さすが神。その苦痛の絶妙な配分能力には、心底恐れいります。
「彼らが私に対して、嘘を言っていないことは解りますね」
国王も聖家の宣誓を前に、納得した。あと一つ言いたいことは、この場面において【じょしこうせい】の手を握り、腰を抱くの止めろ。深刻な事態になっているんだぞ?
だから色ボケって言われているのだろうに。
「さて、嘘を言っていないことと、真実であることは、同じではありません」
ここが大きな問題だ。
聖家の面々が「守護霊を持つ姫はいない」と信じていることは、私への誓いで証明できたが、それは真実ではない証明ではない。
彼らは嘘をついていないと証明されただけなのだ。
「聖家の者達が知らないところに聖家の姫がいる、ということですか? 女神」
「そういうことです、サーディレ皇子。異世界からの訪問者がいる国に、守護霊がいないということはありませんから」
この国には聖姫がいると、私としては充分丁寧に説明してやったつもりだ。ここまで話して理解できないと困る。
「だが……いや、だが……」
そう王は頑なに認めようとしなかった。
神がそう王の下へ遣わせたのではなく、守護霊がやった――さすがの色ボケ国王でも、自分がマズイ状況にあることは解ったようだ。
召喚された者が権力者のもとでいざこざを起こす。それは十割、守護霊が召喚した者であって、神が召喚した者ではない。
少しだけ理性が残っているらしい色ボケ王は、やっと自分がマズイ状態にあることを理解したようだ。
そう、守護霊召喚の相手は危険なのだ。
そして理解できても認められないのも解る。その状態異常を考慮してやる必要はない。
「サーディレ皇子」
「なんでしょう?」
「聖国の皇子である貴方との”問答”が彼らに一番効くと思いますので」
直接説明するよりも、話している内容を聞かせて、理解させることにした。語りかけると自らの意にそぐわないことは、拒否されることが多いからね。
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