[03]お前はどうして叫んでいるんだ?(呆)
その後、私は大神官から【終生女神】の称号を受けた。これから私は生きている期間【女神】と呼ばれ続ける事になる。
式が終わったら他の姫と会話しようかと思っていたのだが、突如叫び声が起こった。
「認めない! こんな事は認めない!」
叫んだのは第一皇子。
どうした? 神楽姫が選ばれなければ、王妃に出来るというのに何故?
何を認めないのだ? 大体お前が認める、認めないとか関係ないんだけど。
そう思っていると第二皇子が貴賓席から飛び降りて私の傍に近寄ってきて、手首を力一杯掴む。
そんなに私が女神に選ばれた事が納得いかなかったのか? でも、こればかりは神のご意志なのでね、と思っていると、彼は意外な事を言ってきた。
「神楽は偽物だ! それを証明したいから協力してくれ!」
通る大声は鎮まっていた観客達の耳にもとどいたらしく、益々沈黙が深くなる。
どういう事だろうか? と答えないで第二皇子を見つめていると、先ほど神楽姫を見下していた聖女が口を開いた。
「確かに偽物でしょうね」
そう言うと彼女は腕を広げて、守護霊を呼び寄せた。それを見て、次々と他の三人も守護霊を呼ぶ。
儀式の最中は隠れていた守護霊達。
「四條。知っている事は全て話せ」
私の声に四條が姿を現すと、他の姫達と守護霊が歓声を上げ手を叩く。
[四條様にお目にかかれるとは!]
四條、お前有名だったのか?
[さすが四條様、我々とは格が違う]
守護霊にも身分差があるのか? 初めて知った。
私の腕を掴んでいる第二皇子は、神楽姫以外の選ばれなかった姫達の歓声に周囲を見る。
「守護霊か?」
当たり前だが、皇子たちには守護霊は見えていない。ちなみに神官たちにも。
「そうですよ。神楽姫、貴方の守護霊も紹介してください」
神楽姫は花を握りしめながら(まだ離してなかったんだ……)服の端を掴んで青ざめて震えだした。
「姿を現しましたか?」
第二皇子に聞かれたので、首を振って否定する。
ちらりと四條や、他の守護霊たちに視線を向けると、声を揃えて[存在しない]とはっきり言った。
それを聖国の王と、大神官にはっきりと告げると第一皇子が怒り狂ったが、私の知った事ではない……っていうか、なんでお前さっきから叫んでるんだ?
狂乱という言葉が擬人化したかのような第一皇子は、いきなり国王の首に剣を突きつけて、神楽姫に向かって叫んだ。
「守護霊が居ないなど嘘だろう!」
「マクイス! 何度も言っているだろう! この女は聖家の血など引いてはいないと!」
私の腕を掴んでいる第二皇子が叫ぶ。ちなみにマクイスは第一皇子の名前。
…………これは、これは人の噂とは違い、第二皇子が神楽姫と兄の恋仲を邪魔していたのは別の意図があるのか。
怒鳴り合っている二人を無視し、私は四條に声をかけた。
「これは一体? 何ごとだ?」
[神楽とやらは【聖】の血を引いてはいない。それを知った国王と第二皇子が結託し、第一皇子から得体の知れない女・神楽を引き離すことにした]
なるほど。
「だがそうなると、当人は女神には決して選ばれない事は知っている筈だが?」
話していると、突如神楽姫が叫んだ。
「私は! 私はサーディレ様に犯されて、その力を失ったのです!」
観客達がどよめき、私の腕を掴んでいる暴行犯とされた第二皇子・サーディレ様は益々力を込める。
「嘘をつけ!」
「痛いので腕を離せ」
「申し訳ない……」
婦女暴行というのは下世話なネタは観客に容易に信じられてしまうようだ。特に神楽姫は美しいので。
だが無実の罪、それも暴行犯などという不名誉を背負わされるのはあまりに不憫。
「嘘ですね!」
私が言い切ると、第一皇子が睨み叫んできた。
「証拠はない! 私は神楽の言葉を信じる!」
証拠が無くて神楽姫の言葉を信じると、彼女は貴方の弟に暴行された事になるんですが、それでもよろしいのか?
頭が沸きまくっている第一皇子を納得させるには、証拠を見せてやる他ないようだ。
「証拠を見せてあげましょう」
声を失っている神楽姫など気にせずに、私は周囲を取り囲んでいる騎士達に命じた。
「私に向かって矢を放ちなさい」
彼等は驚き戸惑う。一応これでも女神に選ばれた女だ。女神を殺すと末代まで祟られると有名だ。殺さず生かさず、苦しめて苦しめて、だが絶望しない程度にとどめてそれを引き延ばす。
一代で呪い殺してしまわない辺りに、四條が言葉を濁す神の性格が解るというものだ。
「放ちなさい」
大神官が静かに言う。まだ居たんだ、大神官殿。
彼等は顔を見合わせてから、覚悟を決めて私に向かって矢を放った。私に向かってきた矢は全て霧散し、隣にいたサーディレは驚きの声を上げた。
矢を消し去ったのは四條。
「おわかりかな? 第一皇子。聖の血を引く女は、身の危険が迫ると必ず守護霊が守ってくれるのだ。本当に第二皇子に犯されたのであれば、彼女には最初から守護霊が居なかった事になり、それは即ち【聖】の血を引いていなかったことになる」
あまり人前に姿を現さないから、守護霊がどういう物か解らなかったからそんな事を言ったんだろう。
この凄い力があるから、結構誘拐とかされそうになるんだよ――守護霊は誘拐を阻止しないの? いろいろあってね。
第一皇子は剣から手を離して崩れ落ち、国王がゆっくりと立ち上がり国民に向かって真実を告げた。
聖国の国王は神楽姫が【聖】の血を引いていないことを知らなかった、その証拠を掴んだのは第二皇子。
第二皇子は常々彼女のことを不審に思っていたのだという。何が不審だったのか? それは彼女が美しいと評判だったこと。
「長い歴史の中で【聖】の血を引く女達に美女はいなかった!」
国王の話に合いの手を入れるかごとく、力強く叫んだサーディレの足を踏んづけた。
「いてっ!」
本当の事であっても、言われるとムカツクのだ。
切欠は私にとって腹立たしいものだが、第二皇子は次に噂が在りすぎる事に気付いた。聖家の姫達は隔絶された世界で生活を送る。
かくいう私も、先達って夜会で国王に初めて会ったくらい。それですら、兄嫁の我が儘から起こったことであり、本来ならば国王にすら会わずに国を出た筈だ。
第二皇子が神楽姫の事を調べている間にも、彼女は第一皇子と会い恋仲になる。聖家の血筋なら問題はないが、聖家の姫を謀っている者を王妃にするわけにはいかない。
そこで第二皇子は自らの名誉をかなぐり捨てて、神楽姫と第一皇子の恋を裂くような振る舞いをする。
「良く出来た息子だ」
国 王 大 絶 賛。
確かに、恋に狂った第一皇子よりも、第二皇子の方が冷静沈着のようだし。
国王も第二皇子任せにしていたわけではなく、何度も第一皇子を説得するが、彼は全く意見を聞かない。
切り札として第二皇子が神楽姫が聖家の出ではない可能性が高いことを告げると、彼は烈火の如く怒ったという。
『彼女を侮辱するのも大概にしろ!』
怒り狂った第一皇子は、神楽姫の名誉を守るべく「神楽が女神となったら王位を捨て彼女と共に生きる」と誓ったそうだ。
それは誓いなのか?
確かに彼女が女神に選ばれれば、聖家の血を引く証明にはなる……実際は選ばれなかったわけだが。
「マクイス」
「父上……」
国王は微笑みながら第一皇子に手を貸して立たせ、そして次の瞬間彼の髪を切り落とした。
「父上! なにを!」
「これでお前は王位継承権を失った。後はあの神楽と名乗る女と好きに生きるが良い」
貴賓席から髪の束を大神官に向けて投げる――聖国では国王自らが皇子の髪を切ると、それは王位継承権を剥奪するということ。
髪を切られたら困るなら短髪にすれば?
皇子たちの頭髪は、背中の中程くらいの長さがないと、やはり王位継承権を貰えないらしい。
「次の国王はサーディレ。良いな皆の者!」
国王が宣言し、観客は「サーディレ! サーディレ!」と合唱をはじめた。全く、群集心理に踊らされる生き物たちだ。嫌いじゃないが。
「参ったな、これは……」
参ろうがなにしようが、頑張って即位するといい。
新たな熱狂の渦の中、先ほど神楽姫を軽蔑した眼差しで眺めていた聖女が、近寄ってきた。聖女は私に頭を下げ自己紹介をしてくれた。
その聖女は、サーディレの従姉。
と言うことは、
「神楽姫のお姉さんという立場ですか」
そういう血統なのは知っている。
「そうです。あれが偽物なのは薄々気付いていたのですが。ありがとうございます、世羅様」
髪を切られた第一皇子マクイスは、よろよろと貴賓席から降りてきて、私達がいる壇上へと登ってきた。
「マクイス様、私は……」
神楽姫が涙ながらに駆け寄ると、
「邪魔だ!」
彼女を払いのけた。あれ? 皇子、王位を捨ててでも彼女と結婚したかったんじゃないの? いきなり乱暴に払いのけられた神楽姫は、体勢を崩したが、倒れることはなかった。
そんな神楽姫に目もくれず、第一皇子はふらふらと私達の方へと近寄ってくる。
「何のつもりだ! マクイス」
「四條、注意しろ」
[言われなくても]
ここでサーディレに危害を加えたりしたら大変な事になる。そう思っていると、第一皇子は私の前に立って、突然手を握り締めて真剣な面持ちで、
「私と結婚してくれ! 女神よ!」
求婚してきた。
「はい?」
マクイスの肩越しに涙を浮かべていた神楽姫が、般若の表情になったのを私は確かに観た。
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