[02]お前はいつまでそうしているんだ?(呆)

 私は旅に出た。

 国王から結婚を申し込まれたという、問題を放置して旅に出たわけではない。責任は確りと果たすのが私の良いところだと自負している。

 元々私は旅に出る予定だったのだ。

 聖国で行われる「乙女の息吹」という儀式に、夜見国の聖伯爵家の姫として出席することは前々から決定しており、それは国王であろうとも覆す事は出来ない。

 一夜にしてアホになった国王は、後宮の美姫を全て実家に返して私を待つとか訳の解らない事を言い出していたが、私の知ったことではない。


『私は二度とこの国に戻ってこない』


 そう家臣達に宣言し、後のことは任せて国を出て来た。

 さようなら、私の故国。アホな国王のせいで二度と帰る事はない……訳でもない。国王が正気を取り戻し、それなりの王妃を迎えていたら戻れるだろう。


 特別戻りたい訳でもないが。


「それにしても大陸で一二を争う美姫を立て続けに観られるとは。運が良いのか悪いのか」


 先日お披露目で観たローレイのディア姫が語られると、必ず引き合いに出される姫がいる。それが、聖国の神楽姫。

 噂に聞く所では癖の全くない髪は白さの中に、海の青さにも似た光沢を持ち、日の光を思わせる瞳で、頼りなげな雰囲気を持つ姫なのだそうだ。

 神楽姫は私と同じで、聖国の聖家の姫で、その家に生まれた女性の殆どが神に仕える道を歩む……のだが

 神楽姫はあまりに美しすぎて、諸国にその噂が広まり求婚者が後を絶たないと言われている。

 彼女は神に仕える道を選び、俗世から離れようとしているのだが、妨害があり中々神に仕える道に進むことが出来ないのだそうだ。


[同じ【聖】でも全く違うな]


「何がだ? 四條」


 確かに私は婚約者に立候補してきた男はいない。いたのは先日、ちょっと神経の箍が外れてしまった国王の旺千くらいのものだ。

 なぜ神経の箍が外れたのかは知らないけれど。


[…………]

「何だ、四條。おかしな表情をして」

[先に聖国に入って情報を集めておく]

 それだけ言うと四條は私の答えを聞く前に消え去った。


「情報?」


 何を集めようとしているのかは解らないが好きにすると良い。私は一人になった馬車で本を開く。

 私が参加する「乙女の息吹」というのは聖女を集めて、花に息を吹きかけて神に最も愛されし者を選ぶ儀式だ。

 各国に【聖】のつく家があり、それらは神の血を引いていると言われている。リアリストな私はそれを言われただけなら信じはしなかっただろうが、子供の頃から家でただ一人【四條】が見えた。

 最初は不審者だと思い、人を呼んだ。大慌てで入ってきた侍女が部屋を見回すが、四條がいることを認識できなかった。

 それを聞いた父が、


『【聖】の血を引いているのだなあ』


 感心していた表情は今も覚えている。そして父は【四條】の存在を教えてくれた。四條は個別名で、全体としては【守護霊】と言われる。

 国には私しか守護霊を持つ者はいなかったので他の守護霊を観たことはないが、これから聖国に入り、他の聖の血を引く女――聖女――に会えば守護霊も見えるだろう……多分。聖女にはぜったい守護霊がついているし、他の聖女の守護霊も見えると四條が言っていた。


 まあ四條の言ったことだから、あんまり信頼していないけど。


「それにしても四條のヤツ、一体何処をほっつき歩いているんだ」


 馬車から降り、出迎えに案内されて宿になる教会の一室に案内され一息ついてもまだ四條は帰って来ない。


「まさか迷子になったか?」

 迷い守護霊。どうやって捜してやろうか? 警邏には見えないしなあ。いや、警邏どころかほとんどの人に見えないんだけどさ。


[誰が迷子だ]


 真面目に不真面目な事を考えていたら、背後から声がかかった。


「何時の間に帰ってきた!」

 心臓に悪い男だ。


[お前の心臓が、こんな驚き程度で止まるか。今帰ってきた、そして……まあ]


 妙に歯切れの悪い四條だったが、調べた事は教えてくれた。主従関係というのは隠し事をしない事が重要だ。

 四條の語る所によると、神楽姫を巡って恋の鞘当てが起こっているらしい。

 聖国には皇子が二人いる。

 この国は基本長子相続なので、立太子されていなくても跡取りと誰もが見なしている第一皇子と、跡を継ぐことはないと思われている第二皇子。

 その二人の皇子のうちの一人、第一皇子と神楽姫が恋仲になったらしいのだが、遅れて第二皇子も神楽姫の美しさに魅せられた。


「それだけ聞くと第二皇子が邪魔なだけじゃないのか?」


 跡取り皇子なら弟皇子など、殺しちゃえば良いだけではないのか?


[まあな。だが聖国の者は誰もが神楽姫が【女神】に選ばれると信じている]

「なるほど!」


 神に最も愛されし聖女、それを選ぶのが乙女の息吹で、選ばれた聖女は女神と呼ばれる。

 そして聖国では女神を聖国王の妃とするのは禁止。

 詳しい理由は知らないが、そのように定められている。


[神楽姫が女神に選ばれたら、第二皇子の妻になる事はほぼ決定事項だそうだ。第一皇子は王位を捨てるとまで言っているが、跡取りとして既に定められている。これらを破棄するのには、時間がかかる。その間に第二皇子が”女神となった神楽姫”と結婚してしまえば、終わりだ。それに女神の夫を殺害する訳にはいかないしな]

「大変な事だな。ところで四條」

[何だ? 世羅]


 此処まで話を聞いて疑問なのだが、


「神楽姫が選ばれるのは確実なのか?」


 それが問題だ。

 彼女が選ばれなければ、彼女はただの聖女として、第一皇子と結ばれる道も選べる。【聖】に連なる家は幸い血筋は良いので、君主の伴侶になる場合はそれ程の障害はない。


[それは解らないな。あの方の御心なんぞ、この四條には理解できん]


 四條は顔を引きつらせた。

 こう言っちゃあなんだが、どうも我々の崇める神、この地上に【聖】の血筋を与えた神は性格がよろしくない……いや悪いらしい。

 性格が悪いと四條が言い切った事は無いが、長年四條と接しているとそれをヒシヒシと感じる。


 神楽姫と皇子たちの行く末……について、私は全く興味がないので、床に就き――そして翌日、朝から儀式が始まった。


 儀式といっても見せ物の側面があり、私が向かう会場から既に歓声が聞こえてくる。

 僧侶達に取り囲まれながら会場入りして、他の聖女たちと背中合わせになって円を描き、特別な花に息を吹きかける。

 青い花弁の花だが【選ばれた聖女こと女神】が息を吹きかけると、その花弁は金色に変わるのだ。私を含めて六人ほどの聖家の出の娘が舞台の中心に並ぶ。

 私から見て、間二人おいた先にいる神楽姫は、文句なく美しかった。

 その憂いに満ちた瞳やらなにやら。そして王族の間で国王の両脇にいる第一皇子と第二皇子。

 顔色悪く悲痛な面持ちで神楽姫を見つめている第一皇子に、不適な面構えの第二皇子。

 私がすることは儀式を滞りなく終わらせる事。

 観客に向いて頭上からヴェールを被せられ、神官から花を手渡される。先ほどまで煩かった周囲が静まり返った。

 神官は他の娘との間に立ち、そのヴェールを持ち上げる。

 そして合図と共に花に息を吹きかける。


「おや」


 私が息をかけた花が金色に変わってしまった。

 観客達が非難がましい声を上げる者もいたが、私の知った所ではない。私は神官に花を返す。恭しく受け取った神官が、私が息を吹きかけた花を大神官の元へと運んでゆく。

 先ほどまでのお祭り騒ぎとはうって変わって、周囲は静まり返っているのが特徴だ。観客の多くは開催地・聖国の者。

 自分の国の大陸に名を馳せる美姫が選ばれると信じて疑っていなかったのだろう。私は絶対に選ばれると思われていた神楽姫に視線を向けると、彼女は未だに必死になって花に吐息をかけている。


 いや、無意味だって


 私の隣に立っている【聖】の血を引く姫が、愚か者を観るような眼差しを向けているのが印象的だ。

 かく言う私も、愚か者を見る目で見ていると思う。


 どれほど神楽姫が息を吹きかけようとも花弁は替わらず、会場は葬儀会場のような静けさに。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る