羇旅――聖なる姫による(当人は一切望んではいない)ざまぁ旅行記――

六道イオリ/剣崎月

[01]お前は何を言っているんだ?(呆 )

「はぁ。これ一度きりですよ、兄上」


 やれやれと思いながら、私は初めての夜会服に身をつつみ馬車に乗った。


「悪かった。本当に申し訳ない」


 私と向かい合って座り頭を下げているのが、我が聖伯爵家の当主である兄。


「私は夜会なんかに出るような身分ではないので、礼を失しても知りませんよ」

「そう怒るなよ、世羅。妻に叱られお前にまで叱られたら、私も疲れてしまう」


 何を言っているのだろう、この兄は。


「兄上が悪い。妻がいやがっているからと、その我が儘を聞き入れるなんて!」


 夜会は男女二人で出席するのが決まりだ。妻帯者であれば、当然妻と出席するのだが、兄の一言で元々嫉妬深い兄嫁が怒り、出席しないと言いだした。

 陛下主催の夜会に出たくないと言うその我が儘さに私は眩暈がした。それを説得するのを諦めて、私の元の来る兄の頼りなさにも。


「柚磁には後でしっかりと」


 柚磁とは兄嫁の名だ。


「説得できるのなら、私がいまこうして兄上の向かいに座っていないと思うのだけれど」

「それを言うな、世羅」


 私は煩いと兄の話を無視して窓の外を眺める。

 兄嫁が怒った理由は、本日の夜会に後宮の美姫が多数出席する。

 それだけでも兄嫁にとっては腹立たしいことだが(何故かは知らない。プライド? プライドなの?)

 後宮の美姫たちが挙って出席する理由は、後宮に新しい姫が収められるから。その姫というのが大国ローレイ自慢の美姫、大陸でも一二を争う美しい姫なんだそうだ。

 そのお披露目を兼ねて……どういう神経をしていたら、高級の美姫たちを侍らせて、新たな女を出迎えようと思うのか?


 そんなに知りたいとは思わないので、どうでもいいが。


 そして美姫たちが挙って出席すると聞いた兄が、「楽しみだ」と口にした所、嫉妬深い兄嫁が怒り出席しないと騒ぎだした。

 私に言わせれば殴ってでも連れて行けば良いと思うのだが、兄はあんな嫁が好きらしいのでそれはできない。

 それでまあ、家にいる夜会に出る事が可能な身分と年齢を持つ私に白羽の矢が立った。


『お前ももうすぐ教会に入るだろ。その前に華やかな世界を一度観ておきたいと思うだろ』


 俗世に生きる兄らしい言葉に、


『全く』


 つれなく言い返したら、低姿勢に出てきた。

 まあ、私も聖伯爵家の姫だ。当主の妻としての任務を放棄するような馬鹿嫁と同じ真似をする気はない。

 そして私は兄のエスコートの元、王宮へと足を踏み入れた。

 宮殿は大国の姫を後宮に迎えられる程の国力を持つことが、一目で分かるくらいに豪華だ。

 兄は会場にいる知り合いたちの挨拶に向かい、取り残された私は壁に背を預けて周囲を見回す。


――まあ、華やかな席だことで。この国も安泰で結構ですな


 私にも周囲の視線が注がれていた。聖伯爵家の姫である私・世羅は全く社交界に出ていないので、物珍しさがあるのだろう。

 不躾な視線を無視しながら、私はまだ空の玉座を眺める。

 我が故国、国名は「夜見」というのだが、この夜見の国の国王は若い。国王は私より二歳ほど年上。近隣諸国にその才覚で、名を響かせているらしい。

 俗世での評価など私には知ったことではないが。

 その彼の元に、大国ローレイから姫が嫁いでくる、名はディア姫。

 そのディア姫を迎え撃つのが、既に後宮に収められている美姫たち。

 勿論、出迎えに出る事が許可されるのは権力者の娘だったり、本当に美しいものだったり。全員はとても会場には収まらない。


 若い国王は中々に大きな後宮をお持ちなのだそうだ。


 その中には、綺麗じゃないのやら、通りすがりに手を付けた娘とか、侍女だったのに手を出したのだとか色々収めているそうだ。

 暇だったので国王に関してお復習いをしていると、美女たちを伴った国王が現れて席につき、美姫達も続々とその周囲に立つ。


「圧巻だな」


 いつの間にか戻って来た兄が私の脇で、ウンウンと頷いている。

 兄嫁を連れて来ていたら此処で平手打ちだろう。私が来て本当に良かった。兄は私にもっと感謝すべきだ。

 若い国王の簡素な挨拶の後、ついに本日の主役であらせられるローレイのディア姫が登場した。


「ほう」


 会場が声を失う程の美しさなのは、この俗世から縁を切っている私も認めよう。

 美しい金髪に、神秘的な暗紫色の瞳。日に当たった事がないような白い肌。顔の造作はたおやかさの中に艶やかさを確かに備えて、男性の心を鷲掴みするには充分。

 後宮に収められていた姫達ですら息を飲む美しさだ。

 その後は彼女に挨拶をする者や、美姫達に挨拶をする者、国王に話掛ける者など各々、夜会での目的を達成させるのに必死のようだった。


 私は目的などはないし、知り合いもほとんどいないので、どうでもよいこと。


「世羅」

「なんですか、兄上」


 突然兄に声をかけられた。兄は先ほどまで国王と話しをしていたような。


「もう終わりですか」


 国王との話が終わればもう帰るだけだろうと、壁から背を離して兄に近寄る。


「いいや。お前が来ていると知った陛下が、お前を見てみたいと」


 はぁ?……まあ、私もある意味深窓の姫君。見てみたいという俗な気持ちがわき起こるのも仕方ないことだろう。

 もっとも私は容姿はまったく……なので、俗な国王からしたら期待外れだろうが。

 まあ、態度次第では国王に祝福くらいかけてやろうと思いながら、国王の所へ足を運んでやった。

 後ろに立つ美姫達が嬉しそうに私を見下ろしている。

 そうだね、今日の主役はすっかりとディア姫で、この先も後宮ではディア姫が最も美しいって言われるし、彼女は大国の姫だから誰も何も言えない。その悔しさを今、国王の前にいる、見た目の良くない聖伯爵の姫にぶつける気持ちは良く解る。



 あなた達の価値って、それだけだからね。自分の価値観で推し量るとそうだよね。



 私にとっては関係のないこと。なにより、高級の美姫なんて、この先会うこともない。。


「聖伯爵家の夜姫です」


 聖伯爵家の娘は名乗るときは、本名ではなく「夜姫」という通り名を使うのが決まりだ。


「……」


 国王が玉座で震えている。

 これは、なにか? 聖伯爵家の姫が思ったよりも美しくなくてショックを受けた、と取るべきだろうか?

 私は自分の容姿を卑下はしないが、美しくない事も理解している。

 十人並みよりも下。そうだなあ、百人中八十五番目くらいの美しさだ。それはもう美しくないと言われそうだが、そうなのだ。

 私の容姿を知り、私のこの客観視を聞いて、異論を唱えるものは誰もいない。

 神の遣いだって、同意


 震えていた国王は、突然立ち上がり、


「世羅と言ったな!」

「いいえ、夜姫ですが」


 勝手に人の名前呼ぶな! お前に名前を呼ぶ許可を出してないぞ。例え国王であろうともな!


「私の妻になれ! お前が妻になると言うのなら、後宮の姫など要らぬ!」



 …………国王が乱心したようだ



 私は国王の世迷い言を右から左に聞き流し、王宮を後にした。


「陛下も何を一体お考えなのだ! よりによって世羅など! ディア姫を娶ったその日に世羅はないだろ、世羅は」


 兄の意見には同意だが、腹立たしいので足の甲は踏んでおく。


「いたっ! 済まん!!」


 翌日、恐ろしい事に国王が本気で使者を立てて我が家にやってきた。

 使者はというと、とっても気まずそうだったが。


「どうしたものかな、世羅」

「知りませんよ」


 私は神に仕える聖伯爵家の姫だが、絶対に神に仕えなくてはならないというわけでもない。


「白羽がもう教会にいるから良いだろうって」


 白羽というのは私の兄で、兄の弟。

 彼はとっとと神の道に進んだ。私も本当は神の道に進んでいる筈だったのだが、色々とあって、いまに至る。


「世羅」

「なんですか兄上。言っておきますが、国王とは結婚しませんからね」

「……」

「兄上、生きていたいでしょう? 長生きとは言いませんが」


 兄は半泣きになって兄嫁に縋った。兄嫁は私を説得しにきたが、子爵家の我が儘娘気質が抜けていない兄嫁など私の敵ではない。

 こねくり回して泣かせて追い返した。


「戻ったぞ。夜姫」


 そんな厄介ごとに巻き込まれた私は、いつも通りに邸の礼拝堂で一人祈りを捧げていると、声を掛けられた。

 祈っている私に声を掛けてくるのは――


「四條」


 他の人達には見えない、私だけの部下。

 【聖】の血を引く、女だけに見える神が遣わせた存在で、一人に一体がつく仕組みになっている。

 人が神の存在を知って以来、地上にいる存在――そんな事は今はどうでも良い。


「それで王宮は」

[大騒ぎだ]


 四條の言う所では、旺千(国王の名前)は本気で私を妃にしようとしているらしく、昨日娶ったお美しいディア姫と肉体関係すら持っておらず、それどころか今日中にも返すつもりらしい。


「若いけれども、落ち着きがあり聡明だって聞いてたんだけど」

[本当にな。人の噂ほどアテにならん物はない。よりによって世羅とは、それだけはお前の兄である愛染に同意する]


 仕えている主に少しは気使え、四條

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