第4話 早解きの名探偵 - 階段での謎解き

「次は一段多い階段だったよね?」


 五城いつき君が階段の前に立ち止まって私に確認してきた。


 次の七不思議は一段多い階段。

 夜に階段の段数を数えると十二段のはずが十三段に増えていることがあるというもの。


 私は先週のことを思い出しながら、当時の様子を語る。


「うん。音楽室から逃げた私にはやてが追いついてきて、そのまま屋上への階段を登ったの。段を数えながらね。そしたら、十二段のはずの階段が十三段に増えていた。颯と二人で数えたから間違いないわ」


「よし、じゃあ登ろう」


 五城君は躊躇ちゅうちょなく階段に足をかけた。

 またしても私が二の足を踏むものだから、今回も五城君が私の手を握って引いていく。


 三階から屋上まで登る階段は、他の階と同様に踊り場を挟んで折り返し構造になっている。三階から踊り場までの段数は十二。しかし、踊り場から屋上までの段数は……。


「十、十一、十二……、十三」


 十三段になっていた。

 その事実を噛みしめると背筋がゾクリとするが、ベートーベンやピアノほどの恐怖はない。

 それでもやはり、得体の知れない恐怖がある。


小鳥遊たかなしさん、ここは元々、十三段だった。それが答えだと思うよ」


 五分と言わず、ノータイムで五城君が言った。

 それに対して私はムッとする。


「そんなことないよ! この学校の階段はすべて十二段だよ!」


「なぜそう言い切れるの?」


「だって私、よく段数をかぞえながら階段を上がったり下りたりしているんだもの。いろんな所で数えているけれど、すべて十二段だった。だから――」


 そこまで言ったところで、五城君は私の言葉に被せてしゃべりだした。


「すべての階段が十二段だというのは君の思い込みだ。それに、ここは屋上への階段だ。屋上に出る扉は施錠されているから屋上へは出られない。つまり、この階段を使う人はほとんどいない。せいぜい不良の溜まり場になるくらいだ。だから、君は平日の昼間にこの階段を数えながら登ったことがないだろう?」


「まあ、あるとは言い切れないわ。覚えていないから……」


「ここは間違いなく元から十三段だよ。なぜなら、僕が平日の昼休みに数えたからね」


「あっ、そう……」


 謎が解けて嬉しいはずなのに、なぜか今回だけは解明されないでほしかったと思ってしまった。


 この不思議に関しては解決まで三分程度だったが、そのほとんどが私の食い下がりによる時間の浪費だった。


 私はいたたまれない気持ちになって、この件をさらりと流すことにした。


「さあて、次に行きましょう」


「そうだね」


 五城君は私よりずっと大人だった。

 彼の興味はとっくに次の不思議へと向いていた。



   ***



 私たちは一階と二階の間にある階段の踊り場へやってきた。


 踊り場を階段側から見た正面の壁には、天井付近と足元に窓が付いている。

 そして、踊り場の三階へ上がる側の壁に鏡が掛けてある。


 ここに鏡があるのは、おそらく学校側が生徒にこの鏡で身だしなみを整えさせるためだろう。

 しかし効果のほどは薄い。普段、鏡前に見かける生徒たちは、制服を着崩したまま髪型ばかりを整えている。


「さて、次は鏡に映る幽霊だったね。先週のことをできるだけ詳しく再現してくれるかい?」


「う、うん……」


 七不思議の四つ目は鏡に映る幽霊。

 二階への階段の踊り場にある鏡を夜に見ると、そこに幽霊が映ることがあるというもの。


 本当は思い出したくないけれど、恐る恐る先週のことを思い出す。

 私が先週見たのは、白い服に長い黒髪の女の幽霊だった。


 私はできるだけ鏡を見ないよう階段だけを照らし、踊り場から階段を二段ほど上がった。

 それから自分の立ち位置を調整する。内側の手すりに背を向けた。


「ここ。ここから鏡を見たの」


「なんで正面からじゃないの?」


「だって怖いじゃない! 実際、先週はライトを向けると幽霊が見えたから、悲鳴を上げて三階の方へ逃げたわ」


 そう説明すると、五城君が私のいる足場の一段下に来て私の左隣に並んだ。そして右腕を私の肩に回してきた。


「えっ……?」


 これはどういうことだろう。

 もしかして「俺がおまえを守ってやる」ってこと……?


 ヤバイ! あんまり密着されると心臓がドキドキしているのがバレちゃう!


「小鳥遊さん、見て」


 五城君がそう言って、左手に持った懐中電灯を鏡に向けた。


「きぃやぁああああああああああっ!」


 長い黒髪を揺らす白い影が、一瞬だけ私の目に映った。一瞬だけなのは、私がすぐに視線を逸らしたからだ。


 逃げようとバタつく私を五城君の右腕がガッシリと押さえつけている。


「小鳥遊さん! よく見て! 幽霊じゃないよ!」


 しばらく暴れていた私だが、体力を消耗してしまい、五城君への抵抗をやめた。


 五城君の顔を見ると、心底呆れて私をあわれむような表情をしていたので、さすがにムカッとして鏡の方に目を向けた。


「ひっ……!」


「よーく見て。あれは幽霊じゃない。踊り場にある足元の窓の向こうに見える木が映っているだけだ。それが幽霊の髪の正体だ。そして白い部分は鏡に付いた指紋だ。指紋による汚れが白く見え、木の色を覆い隠している」


 よく見てみると、たしかに五城君の言うとおりだった。

 髪が揺れているように見えたのは、木の葉が風で揺れているだけだった。


「はぁ……」


 私は大きく深い溜め息をついた。

 もし鏡を真正面から見ていれば、こんな幽霊もどきは見えなかったわけだ。


「今回も五分以内だったね」


「はいはい、すみませんね。私がいなければ一分もかかりませんでしたね」


「ははは。この調査は半分は君のためにやっているんだから、君がいなかったら意味ないよ」


 これはフォローなのだろうか。

 いや、馬鹿にされた気がする。


「……って、いつまで肩を抱いてんのよ!」


 私が左手で右肩に載っている手を叩こうとしたら、五城君の手が引いたせいで自分の肩を叩いてしまった。


 それは五城君が私の攻撃を避けたわけではなかった。

 五城君は突如として真剣な表情になり、慌てた様子で階段を駆け上がっていく。


「ちょっ! なになに!?」


 私は急いで彼を追いかけた。


 階段を上がりきった五城君は、懐中電灯をまっすぐ廊下に向ける。

 私が追いついて五城君が照らす廊下を見ると、黒い人影が走っていた。


「あれって……」


「追いかけるぞ!」


 五城君が走り出す。

 今度は腕を引かれない。私は全速力で走った。


 黒い人影はどこかの教室に入っていった。

 五城君がその教室の前で止まる。

 私はすぐに追いついたが、教室の扉は閉まっていた。


 教室の名前を示す札を確認すると、《理科室》と書かれていた。


 五城君が理科室の前方の扉をゆっくり開けた。すぐには入らず、後方の扉にも注意を向けながら、ゆっくりと入室した。


 懐中電灯で室内を照らすが、誰もいない。

 ただ、教室後方の隅に人体模型がたたずんでいる。全身が赤い筋肉組織でできていて、所々に白い筋のような模様が入っている。


「もしかして、さっきのって……」


 五つ目の不思議、動く人体模型。

 それは、夜になると人体模型が廊下を歩き回るというもの。


 五城君は私の言葉には反応せず、黒い大きな実験机の隙間をくまなく見て回った。

 それから理科室の窓側前方にある理科準備室の前に立ち、小さい扉のドアノブに手をかけてガチャガチャと音を立てた。


「鍵がかかっている」


 そうつぶやくと、今度はまっすぐ廊下へ向かった。


「あ、ちょっと!」


 置いていかれると思って慌てて追いかける。


 五城君は理科室のすぐ隣にある細い扉の前にいた。

 そこは理科準備室への廊下側からの入り口だ。


 五城君が再びドアノブをガチャガチャ言わせる。


「こっちにも鍵がかかっている」


「てことは、さっきの黒い影はやっぱり人体模型が理科室に帰るところだったんだわ!」


 私は自分の全身から血の気が引くのが分かった。

 そろそろ干からびそう。


「次は動く人体模型の不思議を暴く、と言いたいところだけれど、君が体験した順番はトイレの花子さんが先だったね。もう一度詳しく当時の状況を聞かせてくれるかい?」


 そう言って五城君は理科室に戻り、実験机の横にある丸椅子に腰を下ろした。

 四本足のパイプ長がそろっていないのか、上体を揺らすと椅子がガタガタと傾く。


「え、ここで!?」


「もちろん」


「絶対、嫌!」


 私がチラと人体模型の方に視線をやると、五城君はこうべを垂れて深い溜め息をついた。


「分かったよ。場所を変えよう」

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