第5話 七不思議に潜む邪悪

 私が特別教室ではない普通の教室を指定し、そこでテキトーな席に座って向かい合った。


 教室の電気を点けたい気持ちでいっぱいだが、学校の外から侵入がバレてしまう可能性があるので我慢するしかない。


「それじゃあ、先週の話の続きをよろしく」


「うん。鏡に幽霊が見えて三階に逃げた後、私とはやてはトイレの花子さんに会いに行ったの」


 六つ目の不思議はトイレの花子さん。

 三階にある女子トイレの三番目の扉を三回ノックして花子さんに呼びかけると、誰もいないはずなのに返事が返ってくる。


 トイレの花子さんについては諸説あるようで、人によっては赤い服のオカッパの少女にトイレの中に引きずり込まれると言っていたりするが、私がいちばん聞く話では、ドアを叩いたり何らかの返事が返ってくるところまでである。

 それに、もしトイレに引きずり込まれてしまうのであれば、七つ目の不思議が意味をなさなくなる。


 最後の不思議。

 六つの不思議すべてに遭遇すると神隠しに遭う。


 神隠しの正体がトイレの花子さんであるという説明ができなくもないが、それだとトイレの花子さんの前に五つの不思議に遭遇していなければならないし、実際、先週の私は動く人体模型よりも先にトイレの花子さんからの返事を体験している。


 私は引き続き五城いつき君に先週の体験を話して聞かせる。


「三階女子トイレの三番目の扉の前に立って、颯が『花子さん、あーそーぼー』って声をかけたの。そしたら、トイレのドアが内側からドンドンドンドンッって激しく叩かれて、私と颯はビックリして慌てて逃げたわ。逃げるのに必死で、そのときに颯とはぐれたの」


「それが花子さんの返事というわけだ。で、その後は?」


「花子さんがあまりにも怖くて私は限界だった。颯を探さなきゃとも思ったけれど、もう私には無理だったの。とにかく急いで校舎から出て、それから颯に電話をかけたわ。でも颯がぜんぜん出ない。颯が外から見えないかと校舎を見上げたんだけど、そしたら三階に人影が見えた。一瞬、それが颯じゃないかと思ったけれど、明らかにシルエットが違っていたの。颯は背が低いし髪が長いけど、シルエットは背が高いし髪もあるかないか分からなかったから。しかも、その場所がちょうど理科室のあたりだったから、動く人体模型かもと思って、慌てて学校の敷地外へ逃げたわ。だって、私はそれで六つ目の不思議を目撃したことになるから、このままだと神隠しに遭うことになるもの。私は颯にメッセージを送って、そのまま帰った。それが先週の私が体験したすべてよ」


 その日、颯は家に帰らなかったという。

 颯の母親から私に連絡が来て、その後、颯の母親と担任の島津先生が家に来た。

 そのときに、私はすべてを話した。


 先生たちは学校に颯を探しに行ったが見つからず、颯の母親から警察に捜索願が出されたらしい。


 先週のことを思い出すと、颯を見捨てたことに対する自責の念に押しつぶされそうになる。


「分かった。先週と同じトイレに案内してくれ」


 もちろん、そうする。だけどトイレの花子さんの怖さは他の不思議の比ではない。

 なぜなら、花子さんだけ反応が一方通行ではないからだ。花子さんは、こちらの呼びかけに応じてくる。花子さんと意思の疎通ができてしまったと考えると、怖くて仕方がなかった。


 私と五城君は先週と同じ三階女子トイレの三番目の個室の前に立った。


「ほら、言って」


 五城君が小声で促してくる。

 私は五城君に言ってほしいと言ったが、できるだけ当時の状況を再現するために、先週もいた私でなければならないと言われた。


「は……花子……さん……。あーそー……ぼ……」


 いまさら気づいたが、扉の鍵の部分が赤くなっている。内側から鍵がかかっているということだ。


 しばらくは何の反応もなかったが……。



 ――ドンドンドンドンッ!



 扉を内側から叩く音がした。

 それに続いて、ガチャッと鍵が開く音がした。さっき赤色だった所が青色に変わっている。


小鳥遊たかなし! 逃げるぞ!」


 こちらも突然だった。五城君が血相を変えて私の手首を握り、強い力で引っ張る。


 五城君と私はトイレを出て走った。すぐ近くの教室に飛び込み、扉に鍵をかけた。前方の扉だけでなく、後方の扉にも鍵をかけた。


「はぁ、はぁ……。五城君、どういうことなの?」


「とにかく扉から離れて。教室の奥へ行くんだ。あ、窓の鍵が全部かかっているか確認して!」


 私は状況が飲み込めず、とにかく五城君の指示に従って窓際まで下がった。

 それから懐中電灯で照らしながら窓の鍵がかかっていることを確認した。


 五城君はスマートフォンで誰かに電話をかけている。


「きゃっ!」


 私が扉の方に懐中電灯を向けると、すりガラスの向こう側に人影があった。


 花子さんが追いかけてきたのかと思ったが、おそらく違う。背が高い。

 これはたぶん、人体模型だ!


 扉がガチャガチャと激しい音を立てる。

 開かないと分かると、今度は後方の扉へと向かって、再び扉をガチャガチャと音を立てた。


 私の心臓が爆発しそうなほど激しく脈打っている。その鼓動は胸に手を当てずとも聞こえてくる。


 人体模型は教室には入ってこられない。

 大丈夫そうだと思うと、少しだけ冷静になれた。



 ――ガチャッ。



「えっ!?」


 鍵が開いた。

 怪異的存在に不可能はないのか。

 私の心臓も爆発寸前。あまりの緊張に息ができない。

 苦しい。息が、息が……。


 そういえば、私はもう六つの不思議すべてに遭遇してしまっている。


 七つ目の不思議。

 六つの不思議すべてに遭遇すると神隠しに遭う。


 私は神隠しに遭うのか。

 息ができなくなって死ぬのか。

 あれは人体模型ではなく、死神ではないのか。

 六つの不思議に遭遇したから、私を迎えに来たのか。


「う……あ……あぁ……」


 気が遠くなる。

 涙が止まらない。

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