第2話 学校七不思議
ピロン。
スマートフォンの通知音が、宿題をしていた私の気を引いた。
この音が鳴るのは
おもむろにスマートフォンを手に取り、ロックを解除して届いたメッセージを確認する。
メッセージの送り主が
それは五城君だからというより、男子から連絡をもらったのが初めてだったからだと思う。
肝心の内容は、『今日は終礼後にちょっと嫌な思いをさせてしまったから、お詫びにご飯でも御馳走させてほしい』というものだった。
私は早乙女さんの件は気にしていないし、おごってもらうのは申し訳ないと思ったので、丁重にお断りした。
しかし五城君は意外にも食い下がってきた。『僕の気が治まらない。僕のためだと思って、どうかお願い』などと言われてしまったら、断るわけにもいかない。
私が『明日は土曜日だから一日ずっと空いている』と伝えると、五城君は私の家の最寄り駅を待ち合わせ場所に指定してきた。
時間は十一時。
私はすぐ母に「明日の昼は友達と外食するからご飯はいらない」と言いに行った。
***
翌日の土曜日、十一時五分前。
私は駅構内への出入口から少し横に逸れた場所で、意味もなくスマートフォンに視線を落としていた。
いつもはジーパンばかりはいているのに、今日はなぜか黒のミディスカートを選んでしまった。
初秋でまだ寒くはないが、膝下に風が当たって落ち着かない。
白いブラウスには
五城君とはクラスの隣人以上の関係になるはずがないと分かっているのに、私はどうにも彼を意識してしまっている。
「はぁ……」
私は思わず溜め息をついた。
それをバッチリ彼に見られてしまった。
「ごめん、お待たせ!」
五城君は走ってきたようで、少しだけ息を切らしていた。
時計を見ると、時間は十一時ジャスト。
五城君は白いシャツの上から薄手の黒いジャケットを羽織っており、ジーパンも上と同色の黒なので、まるでスーツを着ているかのようにスマートな格好に見えた。
「ぜんぜん大丈夫。時間どおりだから」
五城君はすぐに息を整えて、あらかじめリサーチしていたであろう喫茶店へと案内してくれた。
私たちが訪れた喫茶店は《Sweet Float》という、ケーキやパフェなどに力を入れたオシャレな店だった。
自宅から近いので、颯と何度か来たことがある。
木造ながらモダン調な店内を店員が案内してくれる。
店員が足を止めた瞬間、五城君がまっすぐ指を差し、「あの席がいいです」と言った。
店員は快く了承し、私たちは店の最奥の席に座った。
「昼にはちょっと早いから、一度ドリンクを頼んでからランチにしよう」
五城君の提案に従うことにして、メニューのページをめくる。
パフェやシュークリームに視線を奪われながらも、私はウーロン茶を選んだ。
五城君が店員を呼んで、ウーロン茶とメロンクリームソーダを一つずつ注文した。
あまりにも意外なチョイスに私は目を丸くした。
それに気づいた五城君が少し照れた表情を見せたので、思わず彼をかわいいと思ってしまった。
「昨日はごめんね、
「ぜんぜん気にしてないよ。五城君のせいじゃないし。むしろ、ありがとう。早乙女さんを手玉に取る様子なんか、その……すごいなって、思ったよ」
私が少し照れながらそう言うと、五城君は「あっはっは」と笑った。
「あれは予期していたからね。あらかじめ早乙女さんをあしらう言葉を考えておいたんだ。僕はどうしても君の連絡先が知りたかったからね」
「えっ……?」
「どうしても君と話したいことがあるんだ」
これは……もしかしたら、もしかするのでは?
急激に緊張してきて、私は目を伏したまま指先で前髪をいじった。
「話したいことって?」
「学校の七不思議について」
「…………」
一瞬にして血の気が引いた。
私がすぐさま立ち上がって無言で帰ろうとすると、五城君が腰を浮かして私の手首を掴んだ。
「よりにもよって、私に訊かなくてもいいじゃない」
「君じゃなきゃ駄目なんだ」
状況が違えば、その言葉はどんなに嬉しかったか。
一度はそう思ったが、それすらも思い直した。
私じゃなきゃ駄目ってことは、五城君はあのことを知っているのだろう。それであえて私に訊こうとするなんて、こんな無神経な人なら、やっぱり状況が違っていても嬉しくない。
「お待たせしました。ウーロン茶とメロンクリームソーダです」
ウェイトレスは立っている私を一瞥してから、私の側にメロンクリームソーダを、五城君の側にウーロン茶を置いた。
「すいません。追加注文でダブルベリーパフェと特製チョコシューを一つずつ」
「かしこまりました」
ウェイトレスを見送ってから、私は再び帰ろうと足に力を込めた。
だが五城君は私の手首を強く引いた。
「二つとも君の分だよ」
「…………」
かなり迷ったが、食欲に負けて椅子に座った。
それに、気になってしまった。
「なんで分かったの? その二つが私の食べたいものだって」
「君がメニューを見ているとき、その二つに視線を留めている時間がいちばん長かった」
なるほど。「なんだ、そんなことか」と一度は思ったが、とっさに注文した機転は称賛に値するし、やはり洞察力も高いのだろう。
なんだか呆れてしまった。
自分でも何に呆れたのか分からなかったが、彼の話に付き合ってやろうという気になった。
「はぁ……。分かったわよ」
***
五城君は緑色の液体に浮かぶ白いアイスを細長いスプーンで突きながら話し始めた。
「
「うん……」
五城君が聞いたうわさのとおり、我が
陽海中学校・七不思議。それは次の七つである。
・ベートーベンの肖像画――夜になるとベートーベンの肖像画の目が光り、その視線が見ている人を追従する。
・ひとりでに鳴るピアノ――夜になると音楽室のピアノが勝手に鳴る。
・一段多い階段――夜に階段の数をかぞえると、十二段が十三段に増えていることがある。
・鏡に映る幽霊――二階への階段の踊り場にある鏡を夜に見ると、幽霊が映ることがある。
・動く人体模型――夜になると人体模型が廊下を歩き回る。
・トイレの花子さん――三階女子トイレの三番目の扉を三回ノックし花子さんに呼びかけると、誰もいないはずなのに返事が返ってくる。
・七つ目の不思議――これら六つの不思議すべてに遭遇すると、神隠しに遭う。
五城君はアイスの溶けたメロンソーダをスプーンでかき回しながら話を続けた。
「先生にも話を聞きに行ったんだ。先生はあまり多くを教えてくれなかった。そのうえ、あまりこの話題は出すなと口止めされた。特に泉湖さんと仲の良かった小鳥遊さんには
「はぁ……。そこまで言われていて、よく私にその話題を振ったわね。しかもわざわざ休日に呼び出してまで……」
ウェイトレスがダブルベリーパフェと特製チョコシューを持ってきた。
位置が入れ替わっているウーロン茶とメロンフロートソーダに視線を落とすと、今度はどちらがどちらの注文品か確認してから皿を並べた。
ウェイトレスが去ってから、五城君は話の続きを話しだした。
「僕は君の力なれると思っているんだ。泉湖さんを取り戻せるかもしれない」
「え?」
「小鳥遊さん。君は泉湖さんと一緒に学校の七不思議を確かめに行ったでしょ?」
「なんで知っているの?」
「いや、知っているわけじゃないけれど、普通に考えて一人で夜の学校に行くわけないよね。そこで誰と一緒に行ったかを考えると、先生が小鳥遊さんにその話をするなって釘を差してきたことから、君が一緒に行ったのだろうと推測できる」
「うん……。五城君の言うとおりだよ」
なんだか五城君が恐くなってきた。そのうち、考えていることを何でも言い当てられそうだと思った。
私はその気持ちを誤魔化すように、パフェをすくっては口に運んだ。
「それじゃあ、先週の土曜日のことを詳しく教えてくれないかな?」
「分かった」
先週の土曜日、私は実際に七不思議をこの身で体験した。
単なるうわさではなかった。七不思議は実在したのだ。
私は身を削る思いで、五城君に先週の土曜日のことを話した。
私と颯の二人で学校に潜入し、七不思議を一つずつ確認していったこと。
最後のトイレの花子さんを確認したとき、あまりの怖さに二人がバラバラに逃げ、そうして颯とはぐれたまま彼女がいなくなってしまったこと。
体験したそれらすべてのことを五城君に話して聞かせた。
「なるほど。じゃあ今日、その話に沿って再検証しよう」
「はあ⁉」
思わず大声が出た。
恐る恐る周囲を見渡すと、周りの客は一瞬だけこちらに視線を向けたが、特に気に留める様子もなく歓談を続けていた。
私が視線を戻すと、五城君は白味がかったメロンソーダをストローで吸い上げてから宣言した。
「大丈夫。七つの不思議を全部僕が解き明かしてあげるから。そうだな、君が怖くないように、一つの謎につき五分以内に解決してあげるよ」
「ほーう……」
ずいぶんと大口を叩くではないか。
怖いから絶対に嫌だと思う一方、この完璧超人みたいな
私はまだ五城君の失敗や弱みを一つも見ていない。私はそれを無性に見たくなった。
それに五城君が一緒なら、あの怖ろしい学校七不思議が相手でも大丈夫な気がした。
「分かった。その代わり、必ず私を守ってよ」
「もちろんさ。それと、君の親友も必ず取り返してみせるよ」
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