学校七不思議 VS. 転校生探偵

日和崎よしな(令和の凡夫)

第1話 イケメン転校生

 親友が失踪した。


 教壇に立つ担任の島津しまづ先生からその連絡がなされたとき、私は誰よりも青ざめていただろう。

 その理由は親友を失った悲しみだけではない。半分は自分のせいだという罪悪感が自らの首を絞めていたからだ。


泉湖いずこさんのことは、警察に捜索願が出されています。無事に帰ってくることを祈りましょう」


 事情を知らないクラスメイトたちは、ちょっと驚いた程度の様子でガヤガヤしている。


 私から事情を聞いている島津先生の顔は、私と同様にかなり青かった。

 いつも明るめのシャツを着ている先生が、今日は白のシャツと黒のスカートスーツを着ているので、まるで葬儀の参列者のようだ。

 いつもは肩まで垂らしている黒髪を今日は後ろでくくっているから、なおのこと沈痛に見えた。


 先生はいつものようにパンパンと手を二回叩き、私語を慎むよう促した。そして無理やり笑顔を作る。


「今日はこのクラスへの転入生を紹介します。さあ、入ってきてちょうだい」


「すごいタイミングで入ってきたな」


 男子の誰かが言った。


 まったくだ。クラスメイトの失踪という最悪のニュースが舞い降りたクラスに、その当日に転入してくるとは。


 先生が無理やり笑顔を作っているのは、青ざめた顔では転入生を迎え入れられないからだろう。やはり笑顔はぎこちない。


 しかし、教室の扉はガラガラッと一気に開けられた。

 普通は緊張してゆっくり開けるものだろうに、などと考えていると、クラスの様子が一変した。

 女子たちがいっせいに近くの友達とヒソヒソ声で話しだす。


「ねぇ、ちょっと、あの人かっこよくない?」


「ね! 私も思った!」


 転校生は、いわゆるイケメンだった。

 身長はすらりと高く、若干タレ目だが端正な顔立ちで、とても姿勢がいい。

 制服の学ランは、首元のホックは外しているものの、第一ボタンまでしっかりと留めてビシッとキメている。


「今日からこのクラスでともに学ばせていただく五城いつき一輝いつきです。よろしくお願いします」


 その爽やかな笑顔に、気おくれの気配はみじんも感じられなかった。

 私たちと同じ中学生のくせして、まるで人生を何周かしているかのように堂々としていた。


 教室に黄色い悲鳴が響く。

 そんな女子の様子を見て呆れたのか、男子は一様に苦笑していた。


「せんせー! 五城君はあたしの隣の席がいいと思いまーす!」


 カースト上位の女子、早乙女さおとめさんがガヤの中から声を張り上げた。


 パンパンッと再び先生が手を叩く。裁判官がガベルを鳴らすのと同様、静粛にせよとの要請である。


「君たちも気分転換が必要でしょうし、五城君の席を決める必要もあるので、この機に席替えをします」


 どうやら席替えは元々するつもりだったようだ。用意がいいことに、クジの入った箱を教卓の下から取り出した。


「番号はあとで先生がランダムに振り分けるので、君たちはクジを引いていってください」


 先生は黒板に向かって白いチョークで小さい四角を並べていく。


 私はクジを引く列に並んだ。

 列は少しずつ進んでいき、自分の番が来たので箱の中から折り畳まれた紙片を一つ取り出した。


「君、顔色が悪いけど大丈夫?」


「え?」


 五城君が突然私に話しかけてきた。

 さっきまでの彼は沈黙したままクジが引かれていく様子をじっと眺めていたが、そんな彼が思わず声をかけてしまうほど私の顔色は悪かったのだろうか。


 私が動揺していると、五城君はさらに言葉をつないできた。


「もしかして、不吉な番号だったとか?」


 顔色が悪いのは親友の泉湖いずこはやてが失踪したからなのだが、転入生にそれを話すのは、さすがにはばかられる。

 私はその場で折り畳まれた紙きれを開いて中を確認した。


「六番……」


「へぇ。よかったね」


 何がいいのか。雑なお世辞だ。

 あんまりテキトーなことを言うものだから、少し意地悪をしてみたくなった。


「本当にそう思ってる? 六番の何がいいの?」


「数学的にとても美しい数字だからだよ。六は完全数の中でも最小の数だからね」


 屈託のない笑顔に、私は思わずドキリとしてしまった。


 薄っぺらな言葉を吐く奴だと思い込んで意地悪をした自分が恥ずかしくなった。

 穴があったら入りたい。消えてしまいたい。



 消えたのが自分だったらよかったのに……。



小鳥遊たかなしさん?」


 背後から声をかけられてハッとした。私のせいで後ろが詰まっていたようだ。そそくさと自分の席に戻る。


 その後、黒板に描いた四角の中に先生が番号を乱雑に書き込んでいく。


 私の席はいちばん後ろのベランダ側から二番目だった。


「よろしくね、小鳥遊さん」


 声をかけてきたのは、なんと、あの五城君だった。

 彼の席はいちばん後ろのベランダ側の端。つまり私の隣である。


「あ、うん……。よろしく。あれ? なんで私の名前を知っているの?」


「さっき後ろからそう名前を呼ばれていたでしょ?」


「ああ、たしかに……」


 その後、先生が一人ひとりに自己紹介をさせるかと思ったが、そんなことはなかった。

 どうせ一気に全員は覚えられないだろうから、しなくてもいいだろう。


 それにしても、クラスの女子たちの視線が気になる。チラチラとこちらの様子をうかがっている気配がある。


 五城君のことを気にかけているのか、それとも私に嫉妬の眼差しを向けているのか。

 私は幸運にも五城君の隣の席になり、名前まで覚えられているのだから無理もない。


「はぁ……」


 面倒だ。妬まれるくらいなら、五城君と関わりたくはない。


 そういうふうに五城君のことを考えていると、私の中でふとあることが気になった。


 そういえば五城君、なんであんなことを言ったんだろう……。



   ***



 五城君が転入してきて最初の三日間は、砂糖にたかる蟻のように五城君の周りに人だかりができていた。


 私は横に並ぶ背中の壁を邪魔くさく思ったが、向こうも私や私の机を邪魔そうにしていた。

 仕方なく私は少しだけ机をずらした。

 日照権を侵害されて泣き寝入りした気分だ。


 四日目になって人だかりも落ち着いてきたが、最後まで幅を利かせていたのは早乙女さんだった。


 どうやら五城君は早乙女さんのお眼鏡にかなったらしく、他の女子は早乙女さんが半ば追い払う形となっていた。

 彼女は数名の男子が五城君から離れた隙を見逃さず、五城君に絡みに行った。


 五日目。理科の三花みはな先生による六時間目の授業が終わり、清掃時間が終わり、終礼も終わって、これから帰宅というこのタイミングで、五城君が私に話しかけてきた。


「小鳥遊さん。せっかく席が隣になったことだし、仲良くしたいと思っているから、連絡先を教えてくれないかな?」


 五城君は手にしたスマートフォンを私に見せつけてきた。


「あ……うん……」


 べつに断る理由はないので、彼の要請に応じようと思い、鞄からスマートフォンを取り出した。


 だがその瞬間、五城君と私の間に早乙女さんが立ち塞がった。


「小鳥遊! あんた、五城君からちょっと声かけられたからって色気づくなよ」


 私をひと睨みした早乙女さんは、五城君の方に振り返ると、声を猫なで声に切り替えた。


「五城君、小鳥遊とは普段から話してないんだし、連絡先の交換なんて必要ないでしょ?」


 私は溜め息をグッと飲み込み、スマートフォンを鞄に戻すと、廊下の方を向きながら鞄を肩にかけた。

 それから一歩を踏み出そうしたとき、五城君が強めの咳払いをした。


 それはまるで、私に止まれと言っているようだった。


 思わず足を止めて五城君の方に振り返ると、五城君は早乙女さんの耳に口を近づけ、ヒソヒソ声で語りかけた。


「早乙女さん、もったいないよ。もったいない! まるで君が小鳥遊さんに嫉妬しているみたいじゃないか。君がどっしり構えていたら、君の本当の魅力に気づかない男はいないと思うよ」


 五城君は早乙女さんに優しくほほえみかけている。実に爽やかに。


「え、ええ……。もちろんよ」


 早乙女さんは紅潮した顔を隠すようにうつむき、顔を手うちわで仰ぎながら足早に去っていった。


「改めて小鳥遊さん、連絡先を交換してくれる?」


 なんというか、なんだろう……。私の頭の中には、「舌の根の乾かぬうちに」という言葉が思い浮かんだ。


「はい」


 しかしもちろん、私は再びスマートフォンを取り出したのだった。

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