「頑張れって言われても……」

 翌週の日曜日、俺は休日にもかかわらず姉さんに連れられて例の生徒さんの家に来ていた。

 姉さんが一軒家のインターホンを鳴らすと、家の中からその生徒の母親と思われる人が出てきた。


「傘木 澪さんはご在宅ですか?」


「はい…。バスケ部の顧問の方ですか?」


「はい、今年から顧問になった柳です。よろしくお願いします。今日は澪さんのことで来させていただきました」


「そうですか、私も夫もよくわかっていないのでどうぞお願いします。立ち話もあれですしどうぞ上がってください」


 そう言われて、俺と姉さんは家の中に入っていって、澪さんのお母さんに通されたリビングはモノがきれいに整理されていた。

 お母さんからテレビの前のテーブルに座って色々と話を聞いてみたがさっき言っていた通り本当になんで急に学校に行かなくなったかはわからないので直接澪さんの口から何があったか聞くことになった。


「……そうですか。では今から私たちが澪さんと話してきてもよろしいですか?」


「お願いします……。二階の奥の部屋です」


「蒼汰、」


 二階に上がり、言われた部屋のドアをノックすると小さいながらも返事が返ってきた。


「…お母さん?どうしたの?」


 その声と同時にドアが開き、澪さんが部屋の中から顔を出した。澪さんは髪の毛は寝癖が目立つものの目の下に隈などはなく健康そうな感じだった。


「お邪魔してます。今年から新しく顧問になった柳です。澪さん、少しお話したいんだけどいい?」


「…大丈夫です」


 俺は一階に降りてお母様と待機して姉さんが一人で話を聞くことになった。




 姉さんが澪さんの部屋に入って大体十分後、急に中から泣くような声が聞こえてきた。その状態が二分ほど続いた後、姉さんが澪さんを連れて出てきた。


「蒼汰、澪さんのお母さんに『リビングでは話したい』って伝えてきて」


 冷静そうにそう言ってきた姉さんの声は俺を叱ったときとは比べられないほどの怒気を含んでいる気がした。


「わかった」


 すぐに一階にいる澪さんのお母さんに澪さんのことを伝えて、二人が下りてくるのを待った。




 すぐに降りてきた二人はところどころ姉さんが励ましながら、澪さんが学校に理由を泣きながら話していく。

 内容をまとめると、澪さんは去年の体育祭の時から男子バスケ部の先輩に言い寄られていて、今年の二月くらいに告白されたそうだ。そこで『話したこともない人と付き合えない』といってそれを断ると、その次の日から女バスの先輩に強く当たられるようになり、その男が流した良くない噂がクラスにまで広がって…ということらしい。

 

「……で、それで……」


「申し訳ありません、お母様」


「いや、先生は悪くないよ…」


「…柳先生が直接関係していないというのは私もわかっています。責任をとれなどと言うつもりはありません。けれど、娘が安心して通えるようになるまでは学校に行かせるわけにはいきません」


 その声は優しさの中に強い意志が感じられる声だった。


「顧問としてその生徒たちと話し合いを行い、問題の解決に努めます。」


 姉さんがこういう時に強いことはもちろん知っているしおそらく解決もするだろう。しかし今大事なのは澪さんが学校で以前のように生活できるようになることでどちらかというと部内の問題の解決ではなく学校生活の方をどうにかするべきだと考えた俺は三人にある提案をした。


「すいません、少しいいですか」


「何か思いついた?蒼汰」


「まあ、少し。澪さん、悪い噂ってどんなのですか?」


「あの、ごめんなさい…女バスの人ですか?」


「あ、初めまして柳の弟の蒼汰です。自己紹介が遅れてすいません。それで教えてもらえませんか?」


 そういえば、今日ここに来てから澪さんのお母様には自分のことを話したが澪さんには自分のことを何も説明していなかったので俺は軽く挨拶を含めて自己紹介をした。


「よろしくおねがいします…。それで噂のことですよね?…なんかさっき言った男の先輩と付き合ってるとかそういうので私はわからないけどその人のこと好きな人多いらしくて…」


 予想通り、その男は澪さんのことをあきらめておらず、外堀を埋めるようにしているようだ。


「なら、恋人がいるって逆のうわさを流すのはどうですか?例えば『他の学校に彼氏がいる』とかっていえば審議はわからないわけですし見たことがなくても不思議じゃないですよね?」


「それいいかも!私の友達にそういう人いるし、ああいうのって意外とみんな信じるから」


 俺が出した案に澪さんと澪さんのお母さんは賛成してくれているが姉さんは微妙そうな表情をしていた。


「う~ん私としてはやめた方がいいかも」


「なんで?」


「それ、咲がしたことあるんだけど『会わせて』って絶対に言われるだって。その時は私が男装してどうにかしたんだけどさ」


「え?」


 学校の生徒が前にいることを忘れて衝撃の事実を話した姉さんはそのことに気づかないまま話し続けた。


「もし、他の高校に知り合いがいれば何とかなるんだけど……」


 全員の視線がスーッと俺に集まっているのがわかる。


「蒼汰、お願い」


 初めて見る姉さんが真剣に教師として生徒に向き合っている姿。いつもは適当な癖に一人を助けるために心から向き合っているのを見て俺は少しでも力になりたいと思った。


「澪さんがよければですけど」


「「お願い(します)!」」


「ありがと、蒼汰」



 それから、姉さんがこれから部活の様子を見ながら復帰の時期を見つけるとしてその日は家に帰ることになった。噂は澪さんの友達を通して今日から流してもらうとのことなので、俺が学校でそのことを聞かれたら匂わせなくてもいいから信憑性を上げることを言う答え方をすることになった。

 帰り道の途中、俺は帰り際に言われた「蒼汰くん、これから頑張って」という言葉について経験者らしい姉さんに聞いてみた。


「頑張れって言われても…やることなんてほとんどないし」


「あぁ、あれじゃない?私がやったとき『あの大学にこんなイケメンがいるぞ』っていうので結構騒がれたらしいから」


「あぁなるほど」


 なんとなく想像しただけでも似合いすぎてるその格好がうわさになるその様子がうかがえた。


 今、考えてみればその姉さんに俺は似ているというのを自覚しておくべきだったかもしれない。





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もし誤字・脱字、質問があれば教えてもらえると幸いです。

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