12月25日 クリスマス 僕と紫帆のほしいもの。

12月25日 雪 クリスマス

 外国のお祭りだけど、いつのまにか日本の季節になっていた。

 年末に向けて慌ただしく時間が過ぎてゆく。家に向かって急いで走っていると何かが目に入った。見上げると、雪。どこか灰色じみた空から白いかけらがぽろぽろと零れ落ちてきた。


 僕の名字は雪村だけど僕は雪が嫌いだ。冬が嫌いだ。雪は少しならそうでもないけれど、いつのまにか僕の周りに降り積もって、気がついたら全てを冷やして凍りつかせてしまう。冬もそうだ。

 いつもどこからともなく現れてじわじわと僕の周りを閉じ込めていく。いつのまにか身動きができなくなって、優しい春がやってきて全てを溶かしてくれるのを待つしかない。


 僕の生まれは豪雪地帯で冬になるとすごく雪が積もるんだ。僕は小さい頃に犬を飼っていた。チロっていう。ある冬の朝、チロが家にいないことに気がついた。家の中にはどこにもいない。だから外を眺めたら雪囲ゆきがこいの外は雪が高く積もっていた。その先の空も白い。全てが白いホワイトアウト。全てを凍りつかせる雪と冬。

 子供でもわかる。外になんていけない。でも、チロが……僕はチロを見失ってしまった。


 それが僕が雪と冬が嫌いな理由。

 チロは結局はいなくなったまま。春になって雪が溶けても遺体が見つかることはなかった。だから僕は冬が雪で隠して僕からチロを奪い去ったんだと思った。今から考えると、ひょっとしたら親が僕にチロの死を隠したのかもしれない。


 僕は今でも冬になると無意識にチロを探している。冬の切れ間に隠されたままのチロ。それからいくつもの冬が僕のそばを通り過ぎたけどいつも冬が僕から大切なものを追加で奪っていかないか警戒している。

 僕にとって雪と冬は、気がついたらいつのまにか僕を動けなくして僕の大事なものを奪っていく。そんなイメージのものだった。


 でも今の僕には春がいる。紫帆はとても暖かくて、冬を全部溶かしてくれる。だから冬でももう凍りついたりはしないんだ。紫帆がいる限り。だから春の待つ家に僕は急ぐ。予約したケーキだけを回収して。紫帆がいなくなっていないことだけが心配で、そんなことにはならないことを早く確かめるために。紫帆は、紫帆だけはいなくなるなんてことになって欲しくない。


 紫帆、僕の春。僕を冬から守る春。


 玄関を開けるとクリームの優しい香りが漂ってきた。僕を温めてくれるシチュー。くつくつと鍋から泡が立って弾ける音がした。美味しそう。急いで靴を脱いで荷物を片付ける。軽くキスをしてシンクの前に転がるといつもどおり頭を踏んでくれた。紫帆の香り。僕の紫帆は確かにここにいる。よかった。


「今日のご飯はなぁに?」

「クリームシチュー。成は好きでしょ?」

「大好き。あと雪がふってた」

「そう、ホワイトクリスマスね」

 紫帆は嬉しそうに窓の外を見る。紫帆は僕と違って冬が好きなんだ。なんでだろう? 春は冬が嫌いだから冬を追い出しているのかと思ってた。違うのかな。

 前に聞いたら全部が動かなくなるところがいいんだって言っていた。よくわからない。春の暖かな日差しのほうがよっぽど魅力的だと思うのだけど。運命の相手でも考えることは結構違う。だから惹かれるのかな。不思議だ。


 クリスマスプレゼントは物凄く悩んだ。

 紫帆に欲しいものを聞いても僕としか言わなかった。僕も聞かれて紫帆って答えたからお互い様なのだけど。指輪とか一瞬思ったけど、紫帆はアクセサリーは余り好まない。というか、紫帆に何か物を送っても喜ばれない気がしたんだ。僕ももらえるのなら、爪とか紫帆の一部がいい。でも爪はいつも切るたびにもらってるから伸びてないし。よく考えたら僕らは欲しいものは日常的に交換していて、わざわざ特別な日に何かを交換する必要もなかった。

 だから欲しいものは今晩お互いに相談することにした。ちょっと変なクリスマス。でも、お互いが本当に願っているものをすり合わせるんだ。

 僕は紫帆とずっと一緒にいたい。片時も離れたくない。紫帆は?

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