第4話・回し回し

種井は次の日も訪れてくれた。そしてその次も、その次の次も。気づいたら、一ヶ月近く橙田の家にほぼ毎日通っていた。元々控えめとは言い難い振る舞いだったが、友人らしい親しさも相まってくると二人の距離は誰が見てもかなり縮んでいた。誰も見てなどいないが。

会った時の時間の過ごし方と言えば大して変わらず、共有の趣味を仲良く語り合う事が主だった。しかし度々新たな刺激を提供してくれる種井に橙田は中々飽きる事はない。彼女は一緒にアニメを観たり、協力しながらゲームをしたり、手料理なんかを持ってきたりさえした。絵に書いたような友人関係が作れて、橙田は幸せだった。しかし飽きこそしなかったものの、慣れた。というと、種井との楽しい時間が珍しい物から日常的なものになり、やがて当然になった。言い換えれば、あの甘美な時間に彼は依存してしまった。たかが一ヶ月前に知り合った人に依存する等馬鹿げているという意見もあるかもしれないが、長いこと砂漠を彷徨った人間が僅かな水にもすがりつくのは不思議じゃない。初めて水を飲んでこそ喉の乾きに気づく事もある。

女性が相手をしてくれるような店には、橙田は一度も踏み入れた事はない。ああいう店に通って女性に惚れ込み、あくまでも支払いあっての取引だという事を忘れて恥ずかしい勘違いをする話を何度も読んでは見下していた。馬鹿だと。痛々しい真似だと。そして今となって、あの痛々しい馬鹿達が思ったであろう結論に自分も至る。「これだけは違う。絶対違う。俺には分かる。他の皆は仕事でやっているだけかもしれないが、彼女は違う。」

一日数時間しか一緒に居られないのに耐えられなくて、種井に正直に言ってみた。連絡先を交換したいと。それを聞いた彼女は目を伏せた。

「うーん・・・実はね、決まりがあるの。この仕事を始めた時にルールをいっぱい説明されてサインさせられたの。その一つが、友達になった人とはその人の家でしか会わない、電話とかメールとかも絶対しない事。」

「そうか・・・それだったら仕方ないね・・・」

「うん・・・ごめんね。」

しばらく二人が黙ってから、種井はもう一度話した。

「でも・・・約束するなら・・・」

「約束?何を?」

「誰にも言わない事。私も橙田くんと会っていない時も話したいから、内緒にしてくれるなら連絡先交換してもいいよ、って事。」

「もちろんいいよ!だってそもそも、歩ちゃん以外に誰とも会わないし、誰にも言う事絶対ないだろ?」

「そいう事じゃなくて、例えばネットで書き込んだりするだけでもさ、上司ってそういうのをしつこくチェックするから。友達制度の人と最近もっと仲良くなれたって数日前書いた人いたんだけど、そんな普通な書き込みでも上が怪しんできて色々捜査したの。そうしたら次の日に、実は連絡先交換していたって事がバレて・・・あの子、クビにはされなかったけど、友達制度から外されてすっごい田舎に左遷されたの。」

「それはひどい・・・」

「でしょう?私、橙田くんと会えなくなるの嫌だし・・・」

「俺もだよ!だから、約束する!ネットでもどこでも歩ちゃんの事を絶対言わないから!一切触れないようにするよ!」

「本当に?」

「本当だよ!」

こうして二人は連絡先を交わした。暇を持て余した橙田は、昼夜かまわず種井にメッセージを送っていた。彼女もまた、何曜日の何時だろうが彼を待たせることもなく毎回楽しそうに返事をしていた。

その返事が画面に浮かび上がる度、彼の心は躍っていた。

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