第3話・かかった

八畳の中に食う所、住む所、寝る所を無理やり詰め込んだ家のことを「屋敷」とは呼びにくい。しかし橙田のアパートの場合、電気をつけて露わになった悲惨な風景を「ゴミ屋敷」と呼んでも語弊はない。自覚しきったあの状況から目をそらすためにも改めて種井を見てみる。彼には、女性経験のない男特有の理想の高さはあるが、それを抜きにしても彼女を美人と呼ぶ人は居ないだろう。どこにでも居そうな、これといった特徴の無い顔に、平均的な体格と身長。真面目そうだが清楚系とまではいかない黒い髪。良くも悪くも一日経ったら忘れそうな見た目。愛嬌だけは人一倍あるなと、上からの目線で橙田は思う。

「じゃあ、さっそくですが。友達に成ったわけですから、お互いちょっと自己紹介しません?趣味とか、そういうのを知りたいですね。」

「あ、ええ、いいですよ。まあ、この通りですから。趣味は、普通です。」

「うんうん。普通っていうと?」

「アニメ観たり、ゲームしたりとかです。たまには・・・ネットで動画を観たりとかもします。」

「おお!今季何観てます?」

「ええ?ああ、まあ・・・色々、です。」

趣味が何なのかを聞かれて、アニメだと答えるまでは良くあることだった。でもそんな具体的な質問で返されるのは初めてだった。

「じゃあ、ガチキンも観ています!?」と彼女は興奮気味に訊く。「ああ、すみません、略しても分かりませんよね?実は私、自分で言うのはちょっと恥ずかしいんですけど、ちょっとアニメオタクな所あって・・・ガチムチ筋トレキッズってアニメなんですけど、ガチキンって言ったりしますね。」

「知ってますよ。ちょうど昨日最新話観ました。」

「本当!?嬉しいです!だってもう、大ファンですから!ほら!」と言って、種井は自分の好きなアニメのキャラが描かれているカバーに包まれた携帯を鞄からだす。

「へえ・・・」

「ハハハ、ごめんなさい、嬉しくてついついはしゃいでしまいました。橙田さんは何が好きですか?」

こうやって、二人の会話は続ける。明らかに楽しんでいる種井だが、話を独占したりもせず橙田に興味を質問しては興味深そうに返事を聞く。女性はおろか、人間が自分に興味を持つことに慣れていない橙田はまんざらでもない。というより大変上機嫌。覚えていて何の得にもならないだろうとずっと思っていたうんちくを披露出来て、しかもそれで物知り扱いまでされるなんて、今まで夢のまた夢だった。話題は今季のアニメから一昔前のアニメへと移り、どんどん冗長になる橙田に種井は疲れる様子もなく付いていく。驚くほど詳しい上に、好みまで似ている。彼のひねくれた理想はどこへやら、すでに好感を抱いてしまっている。会話が途切れる事なく二人は机の前で向き合って座ることになり、パソコンのスペックがどうの、回線はどうのとあれこれ話し続ける。

彼女が入ってきてから二時間経っていても雑談の勢いは落ちず、今度はゲームという話題になった。実を言うと橙田はこの話をするのに抵抗があった。なぜなら、生活支援を貰っている分際で最新のゲーム機を買っている事を我ながら贅沢だと思っていたからだ。しかも相手は公務員と来た。しかし種井に咎められることなく二人で無事盛り上がった。

「え!?コントローラー白ですか?意外!橙田さん、っていうかさん付けってちょっと堅苦しくない?橙田くんでいい?うん、ありがとう!橙田くんって、黒のイメージがありましたからねー」

「うんうん、本当は黒が欲しかったんだよ。でも通販だとなくて、仕方なくだよ」

「そっかぁ、しばらくどこでも売り切れていましたしね。ああ、そうだ!今度私もコントローラーもっていくから、対戦してみません?」

「・・・今度?」

「うん!あっ、無理ならいいですよ?でも、もし橙田くんがそれで良かったら、明日とか・・・大丈夫かな?」

言うまでもなく、橙田くんはそれで良かった。

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